2013年3月30日 三ッ山大祭イヴ (なるほど、3の山が3つある日だった) 高野圭介 |
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総社・神門前にできた 高さ18m、直径10mの置山3基は二色山、五色山、小袖山で、上には 山上殿があり 播磨奥の神、九所御霊、日本全国の神々を迎える。 着物を貼り合わせたキルトのような 置山が 小袖山。 |
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天空の白鷺から見た総社の森と三ッ山の遠景。 昔は境内が広く、一基一基がずーっと離れて立っていた。 |
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姫路の総社はまさしくご縁の深いところ。 終戦の頃、脇 光雄が総社に奉職していたから、 末子・美津子は小学校までここで育った。 何かのときに、サーカスが来たり、隠れん坊したり、 境内のあちこちは懐かしさがちりばめられている。 その「昔の面影は今は無いに等しい」そうだ。 長男の延光が姫中から陸士に進学したその年、 「一ッ山」の年だった・・・とか。 1945年7月、焼夷弾で周辺は火の海になったなど。 |
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終戦で神社の存続さえ危ぶまれた時代があった。その頃境内は無法の闇市に占拠され、石畳の参道は残った。 |
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一般の人から寄進された小袖・着物が飾り付けられている。これが数多の神々の座布団になるとか。 |
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三ッの置山は、東の山は二色山。中ノ山は五色山。西の山は小袖山。中央の五色山は中核を成している。 |
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姫路城は大修理中。屋根も葺き替え、柱も取り替えているのだろう。8階までエレベーターで昇った。 |
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「きもの西松屋」を訪問した。 懐かしい茂理容子さんはたまたま留守。 また、日を変えて会うことにした。 「西松屋チェーン」会長の茂理佳弘さんも まずは元気そうと聞いた。 碁でお世話になった上野一也眼科先生は 他界されて、もう数年経っていた。 永らくご無沙汰していたのと驚く。 |