六世代の囲碁交流



                                      高野圭介

囲碁と歩んで 70年
2000年といえば、碁吉会10周年の時、50年選手を表彰したことがある。
岐阜の天池三男さん初め7人居た。
女性は短くて、25年選手は奈良の竹内正子さんただ一人だった。

 振り返ってみると、先輩達にはご指導に与りながら、
私としては、これといったご恩返しをしていないと知る。



 赤ん坊の笑顔
 赤ん坊が成人してから親の恩に報いるのに、
赤ん坊がこぼれんばかりの笑顔をジーっと見てくれるしあわせ。
それが生涯のお返し・・・お礼なのだという。

 お礼とか、ご恩返しなどは言葉でも物でもない。
大き過ぎて返しようがなく、その分は、
次の世代に引き就いていけば良いとしか言いようがない。

六世代の囲碁交流


今の自分には (誰しもだが) 六世代の囲碁交流があると思う。

1世代
大井万兵衛 初段会の最長老。

2世代
前野四郎 初段会のリーダー 


3世代

=同世代


多田昭円・最初の碁敵が始まり・・

神戸商大囲碁部・楠風会・守拙会・
関西棋院宍粟支部・玄游会・
兵庫クラブ・関西棋道会・
碁吉会・風鈴会・ポニョの会

4世代  
山本育代・高野雅永・吉岡章雄

5世代  
倉科夏奈子・万以子

6世代  
 岡田孝一郎・表 悠斗


 注釈を加えれば 
1.2 一世代二世代は地元の先輩達である。
田舎に初段と自負する人達が初段会を結成して、月例の碁会があった。

3.中でも夭折された多田昭円さんが最初の碁敵となった。
以降、私自身、囲碁活動のすべてである。時系列に序列した。

4.次世代で最初の方は当時院生であった山本育代さん。次いで息子達。

5.ネット碁:将碁友の会で打ち碁の新鮮さに驚いて、
交流を持った倉科夏奈子さん。今は女流プロを目指している由。

6.今は小学生の岡田孝一郎・表 悠斗の両君。



ただ、4.5.のヤング層には、今、私が出来ることそれを
当然ながら、私なりに応援の気持ちを贈るだけのことで良いのだろう。


碁は碁打ちだけ

のもんじゃて


囲碁観こそ、折角集大成したその人の最も大切なもの。
永年の間に、いつの間にか蒐集した囲碁器具の類いの数々。

これとても、所詮その人だけのもの。
大井萬兵衡さんがいみじくも言った。「碁は碁打ちだけのもんじゃて」

子が親になり、子が親になり。
こうして、次の又次と移っていくのだろうな。