囲碁のロゴス・パトス・エートス

言論的/ロゴス。感情的/パトス。人柄的/エートス。




                                          高野圭介



アリストテレスのいう「三つの説得手段」

パトス

  ロゴス
    エートス

囲 碁


logos(ロゴス、言論) - 理屈による説得

pathos(パトス、感情)- 聞き手の感情への説得

ethos(エートス、人柄)- 話し手の人柄による説得



 囲碁とは何か?を模索するに、

ロゴスは棋理。パトスは発想。エートスは哲学、と置き換えて考えたいと思う。

 
これを要するに、

囲碁は囲碁を構成する棋理と、囲碁哲学という理念という二つの基盤に立って
一局の碁をどう織り上げていくかというノウハウで、盤上に具現するのが実戦である。

以下詳説

 棋理
ロゴス:棋理は普遍の定理・公理か。

 幾何学に平行線は永遠に交わらないとか、三角形の内角の和は180°
などというユークリッド幾何学の絶対の定理に匹敵している。

しかも、その逆も真なりという非ユークリッドの世界があって、
その二律背反がいよいよ棋理に玄妙の世界を約束させている。


閑話休題


囲碁と幾何学がよく似ているという説は二.三回聞いたことがある。
私もそう思っていたから、そこそこの確信を得たように定説らしい感を持ったものだ。

今、改めて・・

幾何の定理・公理は棋理。これがロゴス

幾何を解く前に、肝心なことは対象の観察である。これがエートス
対象物の形状、軽重、大小、直線か曲線か、角度とか、雑多な認識が必要。

解を導く直感というか、発想がパトス

しかも、二律背反の非ユークリッドの世界があること。
                                       以上

なお、囲碁理数系の人が強いと言うが、一定の線から上は文系の世界という認識です。

 哲学
エートスは古今同局無しと言われ、古来同じ人生を歩む人の無いように、
盤上に毎回見せる千変万化の様相を見せる。

 人生を考える哲学が、同様に囲碁を考えさせて、
派生してくる現象がそれぞれの碁形を織りなしていく。


閑話休題

哲学はあらゆる科学の母でもある。
すべての科学のジャンルはかつて哲学において扱われていた。



あるテーマが実践による検証が可能になることで、科学へと前進するのである。
言語の議論が重んじられその思索についてしつこく検討を続けるのが哲学であり、
批判的思考が強く問題解決よりも問題発見を得意とする。

 発想  
パトスは発想。一局の碁をどう織り上げていくか。

つまり、一局の碁の流れの中に、一手ごとに変化する局面の
変化をヨミ込み、作戦を立てたり崩したりしながら、局面をリードするという
気概に裏付けられて具現化していくのである。

パトスはエートスに支えられて、ロゴスを駆使する実戦のエース。


閑話休題

不思議にも、碁の強弱には段々があって、いつの間にか
品格の位置づけとか序列が決まってきている。それは、強い者が勝つからである。

かって私は橋本昌二プロと話したことがある。
「碁のお勉強など何もしなくって到達出来るのが4段(今の)ですね。」
私の意見に昌二先生の見解が不思議にも一致した。

ロゴス・エートスの学習は自然に体験だけで特に学習など無い。 昔はそうだった。
一般に、トントンとウッテガエが最高のご馳走で、という人達だ。
要は、パトスの心意気だけで、勝つチャンススをものにしているのだ。

その人は、誰よりも全局に眼を走らせている。肉を切らせて骨を切る作戦に強い。
先手を取るのが大好きで、守りより攻め。形より力。

概して、政治家、経営者は勉強などしない。社会生活が支えた。その人らが強かった。

テレビで「力碁の勧め」という番組がある。「パトスで打て」と言っている。