ちょっと待て

                                   高野圭介

 待ったなし
エレベーターの中の会話

「あら、お年寄りばっかりになったね。」
「ホントね。(歳が)待ったなしですもんね。」



老婦人は実感を以て、しみじみと述懐される。
私は「待ったなし」が単に一方通行でなく、トコロテンで押し出される
心情が伝わってきて、「納得」と、顔を見合わせたものだ。

 人を待たず
その昔、サンフランシスコで、私が投宿していたことがある。
その家の主・ロイド・サクストンさんにロイドさんの信条はと聞いたところ
「Time and tide wait for no man」=「歳月人を待たず」と言った。

 ちょっとだけ
人生で待ったというのはあり得ない。
待った!というのは碁でもご法度であり、即負けだ。

面白いことに、碁は一局済んで、又一局。
一局の中に人生があると言っても、そこが人生と違うところだ。

仲間内のザル碁では「待った!」を巡って悲喜交々が起きる。



「待ったなし」の口約束で碁が始まる。
待ったは出来ないから、「ちょっと」と言って石を剥がす。
「待った」とは言っていないが、手は待ったと同じ動作。

ちょっとだけよ・・・だ。そして落ち着くところは決まっている。

あかん ちょっと待て この手だけ
こりゃかなわんな またかいや
石が黙って云うことにゃ
ほんにしょがない もうあかんで

                         石が黙って  
高野圭介 作

 




「宍粟の碁」関西棋院宍粟支部編 p.150