名誉本因坊  高川秀格の正体

                                                  高野圭介



 すてきな紳士     
その昔、紀州に遊んだとき、南方熊楠記念館を訪ねた。
その近くに、高川格記念館があるというので、足を伸ばした。

私は秀格先生には直接お会いしたことはないが、いろんなことで見、聞きしていた。

かっての郵政大臣・河本敏雄が同じ兵庫4区で、無類の囲碁好きであったから、
「高川秀格本因坊はすてきな紳士です。」と洩らされるのを聞いた。
相当なお人柄であったとも。 


平明流、

タヌキの正体

 
合理的で大局観に明るい棋風。「平明流」と言われる。渾名は「タヌキ」

「一間の高川」として知られている。



かって、橋本宇太郎が高川に負けて、本因坊の座を奪われたとき、
宇太郎先生をして「碁というのは、あんな打ち方で良いものだろうか!」と嘆かせたという。
これが平明流、タヌキの正体であった。


碁の勉強の鏡

高川の碁

 

アマチュアが碁の勉強をするのに、坂田のは難しすぎる。呉清源のは薄い。

どんどん消去法でいけば、高川が最後に残るという。

高川全集を座右の書と推薦する根拠はそこにある。



慶応義塾大学囲碁部の機関誌「石の音」第3号に高川の筆になる特別寄稿があった。



特別寄稿 まだ隠退はしたくない (抄)

名誉本因坊 高川秀格



揮毫は「流水不先争」を好んだ。


秀策さんが病没したのが37才、秀栄さんが54才で他界している。
碁聖とか名人中の名人と言われた人の生涯がこの若さである。

それに引き替え、すでに還暦を過ぎて対局を続け、
子供か孫のような年齢の小僧っ子共にボロボロ負かされているのが現在の僕の姿である。
よわい還暦を過ぎて尚未練がましく碁盤にしがみついている僕には僕なりの言い分がある。


その一つは、ささやかな贅沢に対する煩悩を捨て去ることの出来ない僕は
ビフテキ代を稼ぐために隠退する勇気が出ないのだ。

第二の理由は、囲碁50年眼界説を持っている僕は、
その限界を過ぎてからの僕の碁も見極めたいという気持ちも捨てがたいのだ。
そして、年齢的にも若者・壮年・老年の作があっても良い。僕は今老年の碁を追加しているのである。

第三の理由は、もう手合いはつらい。無理だと口では言いながら、
やっぱり碁の魅力から離れられない。僕は碁が好きらしいのだ。