めでたさを反省

                                 高野圭介 自戦記

家田隆二八段 vs 2子 高野圭介


  2005年7月7日 於 ランカ
   192手以下略 白8目勝ち




七夕や ヨセに崩れし めでたさよ


ああ、フリーズした思考に、七夕の色は褪せ、
盤上は暗黒の中世に、恐怖の色で被われた。




棋士はときに手番の一手を指さず、深い瞑想に沈む。
大山康晴名人は「うまくいきすぎている時だ。落とし穴はないか」と。

棋士はときに頭の中で、盤を回転させ、
対戦相手の目で、自陣の急所を探るという。

長考に沈み、盤の隅々に目を凝らして、
敵が狙うであろう「次の一手」を読まねばならない。
(読売コラム 2005.07.08 より)

プロは落とし穴を探す。
アマの私は湯に浸かって、甘茶でカッポレだ。





黒100手まで・・足は軽く、快調に飛ばした。
黒146から、湯に入り・コースに入った。
161、177と、2ヶ所を先手で連打していたら、
それこそすんなりゴール・インのはずだった。


それが、
黒174まで、10目の損を重ね、すでに細かい様相。
黒178から、奈落の底へ真っ逆さま。10目をドブへ捨てる。
10目の出入りは、10目勝ちが、10目負けに大逆転!

ひょっとしたら、
右上隅の攻防に、精力を使い果たしたか、あるいは
老残の頭が心ならずもフリーズしてしまったのか、
一局が済んでしまったような錯覚に酔うていたのでは?
何をやっていたか、今更、我ながら理解に苦しむ。

このめでたさを我ながら大いに反省すべきである。