梅鉢に負けた結城九段 ー梅鉢に負けなしー 高野圭介記 遂に、結城聡九段は華と散った。 この第29期棋聖戦は「結城の必勝」を信じて疑わなかった。 結城の冴えた業は必殺剣・新撰組の沖田総司にも似て、並みの手練ではない。 盤の中から鮮やか手筋の必殺剣が忽然と繰り出されるのである。 私は誰の解説を聞くでもなく、独り 第7局・決戦を読売の生中継に首っきりだった。 途中、ほとんどプロの解説らしいものは入ってこない。 小林光一の「結城さんは辛抱がいいですね」 「やはり、黒の優位は動きませんね」の二言が印象的で、 私自身、自分の判断しか頼りに出来ない。 それだけに、また興味津々だった。 思い出せば13年前、 小林光一は同じ棋聖戦7番勝負で、 山城宏に、2勝3敗と、追い込まれ、絶体絶命の中を しかも、残り2局とも、必敗の碁を逆転勝ちして、 棋聖を死守した経験がある。小林は この局面をどう見ていたか? 興味津々である。 立ち上がり、右上隅に、 囲碁格言「岩より固い・・梅鉢型」が出現した。 結論から言うと、「結城は梅鉢にしてやられた」のである。 第1日目の打ち掛けの譜が、どう見ても「結城の非勢」を伝えているではないか。
見れば見るほど、本譜の梅鉢は固いだけでなく、 ポンヌキの1子と取り込んだ1子の2子が大きくて、 虜の黒1子を差し引いても、手割りにもなっていない。 緒戦、梅鉢の変化以降、双方ごく自然な進行なのに、 不思議にも、盤面10目、いや、もっと離れている感じ。 おそらく結城はこの不思議に、観念のほぞを噛んでいたに相違ない。 私はメル友・美子さまに書いた。 「結城の碁、どうも、苦戦じゃないでしょうか。 黒は梅鉢が良いし、全局的に、手厚くて、減らぬ地も多い。 でも、勝負は又、別で、やや非勢の方が 勝つチャンスが出来易いかも知れませんが。」
明けて、最終日、黒61下辺ヒラキと、好点を黒が占めて、 白番・結城は長考に入った。 九段は、あちこちキカされ、甘んじていたのを悔いながら、 きっと、敗勢を自認し、勝負手の模索に時間を割いたのであろうが。 打つ手のないのに、苛立ちと、焦りにたいへんであったろう。 脳裏に去来するさまざまなことが混濁していたのでは・・・ その前に、白46で、左辺をヒラいて、黒47カケを甘んじて、従った。 その夕刻、解説の苑田勇一はそれを「結城の趣向でしょうか」と言ったが、 良し悪しに触れぬ体の良い言葉としか受け取れなかった。 実は、辛抱するしか、打つ手がなかったはずである。 辛抱といえば、中部には「島村俊広・いぶし銀」からの伝統がある。 黒の羽根直樹棋聖は「最後まで、辛抱強く打とう」との挨拶を志摩でも言っていた。 結城は苦渋の辛抱を選んだものと、思う。 辛抱せず、どこで決戦に出ても、四面楚歌。 自殺行為にしかならない局面であったのだろう。 辛抱のし合いになった。 結城自身「気迫が足りなかった」と、述懐しているが、 気迫が辛抱に表現されただけのこと。気迫の辛抱だった。 「アマは打ちすぎて負ける。 プロは打ち惜しんで負ける」 辛抱を重ねる結城に、無念、もはやチャンスは訪れなかった。 私はそう見ていた。 メル友・美子さんは言ってきた。 「結城九段のパンチ いつ炸裂か期待しましたが・・・ 終ってしまいました。」 また、メル友・美子さまに書いた。 「結城にはチャンスらしいものが無かった。 梅鉢に武装された黒がチャンスを与えなかったのでは。」 本譜 |