キッスだけでいいわ



演劇評論家の評



第一印象は、セットからしてNHKの
「ドラマ新銀河」といったチープな雰囲気。

人のよさそうな人物が次々と食堂に登場してくると
今度は「居酒屋ゆうれい」といった雰囲気。

いつの間にか各人物が生き生きと動き出して、
段々ドラマの展開に引き込まれてしまった。

そのおかげで、外国人労働者問題という
堅いテーマも十分に私たちの方に訴えてきた。



 
そのドラマの展開を支えたのが風流亭という
場所とそれを守る老夫婦である。

動かない中心があるからドラマに安定感が出た。
そういう核がしっかりしているから、
どれだけ役者が騒ごうが浮ついた感じにはならなかった。

普通なら受けない下手な駄洒落が沢山出てきても、
かえって、風流亭という場所にはふさわしい感じさえした。



 おいちゃん、おばちゃん、タコ社長、さくら、博といった人物が
それぞれ年季の入った演技でとら屋の安心感を出していたように、
この作品の登場人物も同様の役割を見事に果たしていた。

特に最後の最後に出てきた風流亭のおばちゃんの
団子屋の演技とそれを取り囲むドタバタはまさに
「男はつらいよ」出てきそうなエピソードだった。


 
 脚本もよく出来ていた。
特にタイトルとなっている
「キッスだけでいいわ」というセリフが
フィリピンからの手紙の中に出てきた時、
「ああこれがタイトルか!納得」という
背筋がゾくっとするような感覚を味わった。

実は、ドラマに引き込まれていて
作品のタイトルなど覚えてもいなかったので、
感動の頂点でタイトルが浮かび上がるというのは
実にうまいネーミングだと思った。


 

 
今回の作品は、
古臭い人情喜劇をベースに現代的な
社会問題を提示したところに独特の魅力があった。

普通は見る気のしない古臭くて安っぽい雰囲気やセリフが
ドラマを盛り上げていたのが非常に面白かった。

 これらはすべて演出家の意図を十分理解した
役者の演技の確かさがあってのことである。