相手を不愉快にさせないマナー



                                                高野圭介

問題提起
顔の見えないネット対局では何をしても勝ちさえすればと
相手を不愉快にさせるようなことがあります。
残念なことです。

 みなさんご存知のように
、囲碁や将棋は昔から「棋道」といって品位と礼儀を尊重してきました。
 この伝統はなんとしても守っていきたいと思っています。

ーー将碁友の会からーー


将碁の
具体案


対局は盤上でフェアーに競い「相手を不愉快にさせない。」
これが”楽しい”を実現するためにはとても大切です。

 たとえば
「勝敗に関するトラブル」が結構多いのです。
囲碁の「終局処理」は正確にできるようにすれば相当防げます。

 @ 手残りがないよう ダメをつめてください。
 A 死石を正確に確定してください。

 この2つをしていただくと地の計算、判定は正確にできます
。でないと地の計算が正しくできないことがあります。

勝ちの碁を負けにしたり、
相手に不愉快な思いをさせることになりますので、
しっかりマスターしてください。


   





   





私は過去の経験から思いますのに、國の内外を問わず、
トラブルの原因は「思考の妨げ」が問題になったことが多いのです。

 盤も割れよと打ち込んだ!などは、
気合いのほとばしりと、理解していたが、それは「威嚇」と、取られていた。
これには参った。

扇子の音。ドアの開閉。鼻歌。など、環境の雑音が問題。
この音に関する拒否反応は特に外国に多い。

言葉
 対局中の言葉、投了を促す言葉、しぐさ。観戦者の雑談。
これらは盤外戦ともなる。

勝つためには何でも使う姿勢は許されない。
否。使ってはいないが、敢えて使ったことになる。

教え魔
対局後の暖かい交流が出来るのも囲碁の素晴らしさです。

 それを一挙に破壊してしまうのが「教え魔」である。
 誰彼を問わず、有ること無いこと、得々と教えて、悦に入ってしまう。

こういうのに捉まると、堪ったものでない。
それが、さっさと逃げられないのが不思議。

手合い違い  
また、手合い違いの弱さに気が付かず、負けが込んできて怒り出す。
ただ、誰もが「自分は強い!」と思わないと打てないのが碁。

この自己矛盾の真っ只中に身を置く運命、そのものが碁。
これも不愉快の原因。


精神統一
 したがって、
適切な手合いで盤に向かい、

対局中は余分なことはしないで、盤上に精神統一をして、
黙々と対局するのが最上と思うのです。