天皇制民主主義


政変年表


1925年 治安維持法

1935年 美濃部の著書,発売頒布禁止

1936年 美濃部狙撃事件

1941年  太平洋戦争勃発

1945年  ポツダム宣言受託・日本敗戦

1947年  日本国憲法施行

1948年  美濃部達吉は75歳で逝去


                                           高野圭介


戦後の日本に「天皇制民主主義」を発展させることは不可欠であった。

戦後の日本に民主主義の政治を実現するためには憲法上,天皇統治は絶対必要だった。
万一,天皇制廃止ともなれば,ナチス・ファッシズムの独裁制を招く虞があった。

注:美濃部達吉は「天皇制民主主義」には関わっていないのでは・・・・高野


マッカーサー
の三原則


1.象徴天皇

2.戦争放棄

3.農地改革



1946年にマッカーサーが三原則を表明した。

1.天皇は国の最高地位

 日本国憲法第1条は、天皇を日本国と日本国民統合の象徴」と規定する

2.国権の発動たる戦争の放棄

憲法第9条第1項の内容である「戦争の放棄」、

3.日本の封建制度の廃止

農地改革農地解放)は、1947年から1950年の3年間にわたって、
地主が所有する農地を、日本政府がごく安い値で強制的に買い上げ、
小作人に売り渡す、という方法で行なわれました。、

 兵隊が不在地主  
地主は殆どが山と田んぼを持っていた,不在地主が改革の対象となった。
しかし、山だけは改革から除外された。

悲惨であったのは,兵隊に取られて、改革後引き上げてきた人たちであった。
帰ってきたら,自分の田んぼは何も無くなっていた。 嗚呼