Eプラハの鐘


 2000年8月8日、暦の上では秋。小雨がこぼれそうな空模様の中、
バスはチェコの首都・プラハに着いた。
その夜、「ウ・フレク」というビヤホールで、本場の黒ビールを飲み、
チェコの民族衣装を纏った三人の楽団がわれわれのテーブルへ来て、
スタメナのモルダウなどを演奏し、大いに愉しんだのも忘れがたい。

プラハのとある木工細工の店の片隅に黒ずんだものが目に入った。
どういう訳か見えざる糸に操られるように、私は吸い付けられていた。
それがこの鐘との出合いだった。 

プラハの冬は永かった。
弾圧に凍てつくプラハにもようやく春は訪れようとしていた。
その頃匠たちは小さな鉄の塊を丹念に叩き出し、
鉄に生命を吹き込んでいったに相違ない。

一見して何百年も経っているように古くはなく、
まずは量産されたものではないたったひとつの鐘。
 取っ手には幸せを呼ぶと言われている四葉のクローバーが彫り込まれてあり、
鐘は20センチほどの手頃の大きさで、鎚痕のざっくりした表面。
錆防止を徹底抗戦になぞらえたかの如き黒鉄色。
末広がりの端正な姿は風格をさえ感じさせる。
民のしあわせへの叫びを窺うのに充分なものである。
 手にとって敲けば、プラハの秋の自由と平和を奏でるに
相応しい澄んだ音色であった。

 私が俳句のご指導に預かっている品川鈴子師が
その名に因んで鈴・鐘の収集をされているので、
心からの贈り物にした。

   ブルーベリー頬ばる椅子に秋の風