エッセイ 「山笑う」 橫井 司 2022年5月20日(水) 神戸新聞佳作入選 |
「山笑う」 横井 司 「山笑うって何? じいじ」 この春小学五年生になる孫の寧々ちゃんが聞いてくる。 そのことばに咄嗟に反応して、 妹のこれまた三年生になる詩ちゃんが、 「山は笑わないよ。山は登るんだよ」と口を挟む。 私は声を出して読んでいた自選句集を閉じて、説明する。 「春になると、山の草や木の葉っぱが緑になって、 奇麗な花もいっぱい咲くだろう。 それで山が楽しくなって、笑っているように見えるんだ」 「へえ? そうなん」と 彼女たちは同時に口を揃える。 「じゃあ、じいじ、夏とか秋とかは? 何て言うの?」 言葉に敏い詩ちゃんが聞く。 姉の寧々ちゃんは少し考えて、こう言う。 「夏は暑くなる。秋はもみじになる。冬は雪になる、ちゃうかな?」 「残念でした。ブー。寧々ちゃん。夏は滴(したた)る。 秋は粧(よそお)う。山は眠る、だよ。 君達にはむずかしいね。じいじもむずかしい」 と、私は禿げ頭をボリボリ掻いて答える。 「もう、そんな本ややこしいから、テレビゲームやろうよ。 どうぶつの森やろうよ」 詩ちゃんは、早速ゲームのスイッチを入れる。 テレビ画面に大きく『あつまれどうぶつの森』のロゴが出る。 それを見た寧々ちゃんが、詩ちゃんからコントローラーを奪い取る。 「寧々ずるい」 と、詩ちゃんが怒りながら、寧々ちゃんを小突く。 二人を見て、私が言う。 「こらこら喧嘩はあかん。じゃあ、じゃんけんで順番を決めよう。 じいじを入れて三人じゃんけんだよ。 勝った者から先に十分ずつゲームだよ」 三人声を合わせて、 「最初はぐう。じゃんけんぽん」 「あっ、じいじの勝ちだ。皆さん、お先に失礼」 私は、そう言うや否や寧々ちゃんから、 コントローラーをもらい、ゲームを始める。 このゲームは人気が高いだけに、季節で異なった魚を釣ったり、 虫を集めたり、野菜を作って売ったりと、楽しみが多い。 家の中の調度品も増えてくる。 「じいじ、もう十分経ったよ。次は寧々だよ」 寧々ちゃんと詩ちゃんの叫び声を聞きながら、私は応える。 「もうすぐ、春になるから、山が笑うまで待って」 何とまあゲームに溺れ山笑ふ 司 |