エッセイ  「柿」


                            橫井 司

2022年1月15日(土)

神戸新聞佳作入選


エッセイ「柿」

                            橫井 司

 十月も半ばを過ぎた土曜日の午前七時、突然携帯が鳴った。
見ると東田からだ。
「どうしたん? 早うから」私は早朝の電話に訝しげに出た。
 「ごめん、一時間早かった。
八時に電話しようと思っていたのに。今日家にいる?」
 話は、昨日和歌山で旨い柿を買ってきたので、少しお裾分けをするというものだ。
聞けば市場に出荷する前の柿で、「わけあり」の二流品だが、味は良いという。

  十一時前に柿をいっぱい袋に入れて、東田が大阪の高槻からやってきた。
家の前に停めた車は今流行の白い大型ワゴン車だ。
「やあ、久しぶりや。二年ぶりか。なんやわざわざ、柿ありがとうな」
 一階の居間に案内した後、そう言うと、
「辻尾の通夜以来やね。この柿、ほんまにうまいでえ、食べてみて」
 彼は押し付けるように私に渡す。
 妻も話に加わりながら、
スーパーで急ぎ買ってきた茶菓子や寿司をテーブルに並べる。

 柿の話から辻尾の通夜の話になった。二人の共通の友人である辻尾が、
突然白血病から脳梗塞を併発し亡くなった。この時も彼から電話をもらった。
 二年前の十月末の金曜日、辻尾の通夜に出席した。
私は翌日の朝から妻と旅行会社のツアーで佐渡に行く予定だった。
辻尾は静岡の沼津に住んでいた。葬祭場も市内にあった。
私は新幹線を使い、日帰りで参列した。
 東田は特に予定も無かったので、葬祭場に泊まることになった。
「あの通夜の時な、実は辻尾の嫁はんと息子は家に帰ってしまったんや。
妹も予約していたホテルに行く言うてな。結局俺が一人残って、
最後の仏さんのお守りや、ロウソクも線香も寝んと替えたんや」
 東田がしみじみ話し出した。
「ええ!」と、私と妻が驚きの声を上げる。
「そんなん、辻尾さん、可っ、可哀想や」 妻が続いて溜息混じりに言う。
 十二時過ぎに、仕事の予定があった私は東田の車に便乗した。
道中、来年六月頃、鳥取の桃の穴場に行こうと彼に誘われた。

 その日の夜、食後のデザートに東田からもらった柿を食べた。
子供の頃から柿が苦手な妻を前に一人食いである。妻が泣き出した。
「柿が食べられへんからか?」
「そうやない。最後まで奥さんに側に居てもらわれへんやなんて、
可っ、可哀想や。
私はいやや。私が死んだらお父さん、最後まで私の側に居てや。
お父さんが死んだら、最後まで側に居てあげるから」
 日頃一緒のお墓に入るのはいややと冗談交じりに話すのに、
妻の思わぬ言葉に、最後の一切れが甘さを増して喉に吸い込まれた。