エッセイ  「父と子」


                            橫井 司

2021年11月17日(土)

神戸新聞佳作入選



エッセイ「父と子」

                            橫井 司

「今年も阪神あかんのう。いつも春先だけやなあ」
中年の父は少し嬉しそうに話しかける。
「そやなあ。でもこれからやで、阪神は」
中学二年の私が少し自嘲気味に言い、父の視線をそらす。
向島生まれで浅草育ちの父は巨人ファン。
対して生まれも育ちも尼崎の私は阪神ファン。
「何で、そんな弱い阪神を応援しとるん」
子供の頃から散々父から揶揄われた私は、若い頃は父が好きでなかった。
そんな父と子の間で、母はいつもニコニコと大洋ファンを装っていた。

私は結婚して尼崎を離れ、神戸の垂水で所帯を持った。
近くの戸建ての家を買った時、父母を呼んでしばらく同居したこともあったが、
家内との折り合いが悪く父母は尼崎に戻ってしまった。

一六年前に脳梗塞で母が亡くなり、
父は義兄の浮気が原因で離婚した姉と二人の尼崎暮らしとなった。
姉には二人の子供がいたが、すでに上の娘は結婚して大阪で暮らし、
下の弟は二〇歳の時にオートバイ事故で亡くなっていたので、
姉と父との同居は自然の成り行きだった。
月に一度私は父の機嫌伺いに尼崎に行き、
父の夕食の相手をするようになった。
小さな飲み屋を経営している姉が夕方から家にいないので、
たまに父の愚痴を聞くのもいいだろうと思っていた。

「今年も阪神あかんのう。夏場が過ぎたら全然やなあ」
年老いた父が老眼越しに言う。
「そやなあ。阪神今年もあかんわ。また来年期待するわ」
父に同調しながら、父に酒をつぐ。
家の外では秋風が舞っている。日毎陽が落ちるのが早くなってきた。
父の酒の量も昔と比べてだいぶ減ってきている。
私は自分の盃にもう一杯酒をついで、ぐっと飲み干す。

「もうご飯にするわ」
父は自分の茶碗にご飯を大盛りに入れて食べ出した。
それにしても父はご飯が大好き。昔から少々酒を飲んでも、
たいがい一時間ほど横になってから大盛りのご飯を食べた。
痩せてはいたが、そばから見ても感心するほどであった。
戦争を体験して、ひもじい思いをしたからか、
それとも毎年母の田舎から送って来る上手い新米を食べ馴れているからか。
父は九八歳で亡くなるまで、食べることには貪欲であった。
それも大口を開けて食べるのが常だった。