ヴィスカヤのテニス

                         高野圭介


 昨年2004年11月以来、私がテニスを再開したときから、
お世話になったヴィスカヤ・須磨テニススクールが、
Enjoy Healthy Refresh をスローガンに運営されていたが、

この建築物は
1920年落成で、三宮の神戸税関共々神戸の文化遺産で、
簡単に廃棄はもちろん、容易に増改築もできない。

このたび
ブライダル事業に転身するとかで、
2005年7月中旬からクローズされる。



すでに、工事、下準備の段階にあり、
いつかの再開も無いわけでも無さそうだが。
寒さに入るときから、向暑の砌まで、半年間のテニスだったが
私にとって、楽しいひとときだった。



 私が「テニスカルタ」を作ると言ったら、監修をお願いしたら、彼自身
「ワ わからない時は増野コーチへ」と書き込んだ、
セオリー万能・増野和之コーチ




「何で、お金を儲けなあかんのやろ」と迷言で私を翻弄し、
いよいよはアメリカのオハイアで、半年間の
テニス留学に出掛けるという 18才のうら若き藤田明菜コーチ。



 ややこしい就業規則に則り、トラックの小口輸送を捌くような
手腕を見せていたいつも笑顔の田中容子受付嬢。



 一緒にプレーした仲間たちともしばしのお別れである。




さいわいメールというメディア媒体がある。
時間的な距離は皆無に等しいから、別にどうと言うことはないが、
でも、しばらくは明るい笑い声と、
スムース・ラフと掛け合うコートの優姿はお預けだ。





Last Vizcaya の妖精と、ツーショット