離れへんでぇ

ー「慮」と「遊」の人・高野さんー

                                                     東京都 塩沢孝子







 高野さんはご一緒にチロルへ行った人です。
高野さんのお陰で、旅がより楽しく有意義なものになりました。

 碁はめちゃくちゃ強く、教え方もめちゃウマです。

我々にも、ドイツの人達にも気軽に打って下さり、誰もが満足。
彼は根気よく、真面目に、丁寧に、適切なアドバイスで、教えてくれるが、
時には(TPOをわきまえた上で)漫才風お笑いの演出がある。
ボキャブラリーが豊富で、よくいろんな言葉が口を吐いて出てくるものだと思う。
そして、おイングリッシュ、おチャイナ、おドイッチェも混ぜったギャグが飛び出す。

 頭の回転が速いのか、経験豊かがなせる業なのか。ほんとうに面白い人である。
先に書いた「メチャ・ウマ」の教え方も自然出でてくる雰囲気で、
今なお、一子も二子もアップしたような気分に浸っています。




私は高野さんがプロと対局をするとき、いつも記録を取りました

 高野さんの集中力は凄い。
碁はいつも競り合いの良い試合で、緊迫していて、どこかで、
プロが「困ったなぁ」「どないしょぅ」という局面になっていく。
彼は難しい局面になると、お茶を飲む癖がある。
もっとも平素から彼は他の人の倍はお茶を飲み、早寝なので、
私は密かに「お茶呑みボーヤ」と渾名を付けていました。

 対局後は「あー、そうですか〜」と、
素直にやわらかな声を出して、指導を受けていた。





高野さんはチロルでもオモロイ話を幾つか作り出した。


 私たちのホテルはアドラーホテルといって、海抜1500メートルばかりのイシガルという町にある。
聞けば、10年前とは様変わりの変化で、ホテルの乱立の田舎町となっている。

それがまあ、何と、風呂は一坪ばかりの混浴の湯船なのです。

二日目のこと、2500メートルのトレッキング(山登り)に行って、疲れて帰ってきた。
足は棒になるし、彼は40℃のぬるま湯に一時間余りも浸かっていました。

そこへ現れたすっぽんぽんのドイツ美女がプロポーションの良さを
彼に見せ始めたかどうかは疑わしいが、

美しいシルエットを浮き沈みさせて、
長々と上向きに水面に浮かんで、水にそよぐ葦も露わに漂うている。

彼は半眼でしばし観察していたという





 
そのことをマネージャーで堅物のヨシエさんに話した。
ヨシエさんはけらけらと大笑いをした。 しばらく相を崩して笑っていた。
初めて見たヨシエさんの笑顔と笑い声だった。





また、別の日、
風呂の中でベートーベンの第九♪♪を歌っていた高野さんの前に、
別のドイツ美人が入ってきた。
よく見ると、今さっきサウナ風呂で、ツタンカーメンが横たわっているように、
風にそよぐ葦のすっぽんぽんのままのご婦人だった。
二人で第九を唱和したという。

その夜、碁を打っているとき、その風呂友達の彼女が現れて、
高野さんと二人で 「野薔薇・Heidenroeslen」の合唱が始まった。

「Sah ein knab ein Roeslein stehn ♪♪・・・童は見たり野中の薔薇♪♪・・・Roeslein auf der Heiden♪♪」

歌が終わって、
彼女の差し出した名刺には「Heide Krantz」の名があった。

彼女はチェロの名手だったのである。






帰国の前日、快晴の中、スイスのサムナン(Samnaum)へ行った。
ケーブルやゴンドラや、チェア・リフトを五つも乗り継いで、
氷河・残雪、を眼下に見て、山渡り、谷渡りしながら
日本の北アルプスの10倍も100倍ものスケールの中を二時間も掛けて乗って行くのである。

雄大なパノラマは素晴らしかった。足下には赤・白・黄・紫などの高山植物が咲き乱れ、
啼兎が穴から穴へ身を隠すように移っていくのが見える。

 そのとき、乗り換え二回目のチェアリフト(五人掛け)に私は高野さんと二人で乗った。
0℃近くの冷気と風に震えているのに、リフトを囲むフードを掛けるのを知らなかったので、

フードを
被せないまま、リフトの端の方に二人でくっついて乗っていた。
リフトが傾いたかどうかは眉唾だが、そのために、その後は二人の仲は裂かれて、
残念ながら、もはや席を同じゅうさせて貰えなかった。





私たちはチロルで10連泊しましたが、天候さえよければ、毎日が山登り、
ハイキング、ピクニック。雨模様なれば碁・碁・碁。つまりT&G(トレッキングと碁)だった。

 私たちの合い言葉は「コモキュウ」だった。

つまり、高野さんが創作している「囲碁格言カルタ」
「籠もって窮(級)・攻めて断(段)」のテーマで碁を打った。


高野さんの碁の指導は次の三点。

@ 籠もって窮(級)・攻めて断(段)
A 地を取るよりも連絡するように
B 見えないけれど強いラインを

これが目からウロコのチロルの収穫。

特に序盤では外に出るように打った方がよいとのこと。
しかし「なるほど、うーん」と唸って、真似しても、三三が甘くなり、
いつ守ったらいいか、そのタイミングが難しい。




今年2005年11月に福岡で、ねんりんピックがあるが、私は東京代表で出ることになっている。
帰ってから、早速6段の人に「コモキュウ」で打ったら、
「おお、この構想力は凄い!」と褒めて貰って、負けてきた。
この囲碁改革がそれまでに間に合うかどうか、心配している。







配慮の人・遊の達人・高野さん、あなたが居たからこの旅は楽しかったんよ。
ありがとう。また、教えてね。京都の時代祭には行くよ。もう離れへんでぇ。