和気藹々の客人





 


 
  

 






高野先生。米寿、誠におめでとうございます。

                                  内山和彦

私と先生のおつきあいも、もう15年ぐらいにはなるのでしょうか。
いつお会いしても、
なにか新しいものにチャレンジしていられる、
そんな熱気をひしひしと感じます。

先生の驚くほどの若さの秘訣はこの前向きな若者のような心にあると確信しています。
先生、いつまでもお元気で・・・・、次は卒寿の囲碁大会です。


 
 


祝米寿  高野先生


                           奥 喜代孝

碁吉会会長 高野圭介さんが目出度くも米寿を迎えられました。

ヨット二艘で須磨港から明石大橋を潜って垂水まで帆走して祝賀会を盛り上げました。
当日は天候まで祝福して、秋風の吹くヨット日和となりました。

秋風や飛沫をあげて帆走す           

秋の海帆の操りに身を合わす     奥 星孝

高野圭介先生との出会いは、まだ終戦後の混乱が続いていた1952年の夏のこと、
神戸大倉山図書館館長・志智嘉九郎氏の肝煎りで大学囲碁リーグ戦が催されました。
当時は高校、大学もまだ囲碁活動は低調で、対抗戦など出来る状態ではありませんでした。

神戸の湊川公園で開催されたが、参加校は神戸大学,関西学院大学、神戸商科大学。
そして、高校から、私たちの西宮高校が特別に参加しました。これで四校になったのです。

高野先生は神戸商大囲碁部のキャプテンでした。

西宮高校の囲碁研究会は当時橋本宇太郎・本因坊昭宇の長男・康君と私が同級生でした。
志智館長から宇太郎先生を通じて、西宮高校の特別参加となったのです。

「少年老い易く・・・・・・階前の梧葉 已に秋声」

碁歴も長きを以て尊しとせず、碁をこよなく愛し、碁を通じて友誼を深め,
多くの素晴らしい碁友を持つことを悦びとしたい。

高野先生のますますのご活躍を祈ると共に
先生の一層のご自愛を願っています。