須磨浜の台風一過

                          高野圭介


むかしは210日の台風と怖れられていた。
今年の台風の当たり年に、やはりまともにやってきた。

その昼間、東の風が吹き付けていた。
でも、嵐の前の静けさだ。
夕刻、小雨が降りはじめ、次第に南の風に変わりながら、
暴風雨と変わってきた。夜半、ピークを迎える。
水の溜まっていたのはトイレの水。
のたのたと揺れている。

須磨の浜の赤灯台にばっさり大波が弾けたり、
バンガローも荒れるにまかせているだろう。
鳩やカラスは集団疎開したりできるが、
逃げ場のない木々はどうしようもない。

早朝、暗がりを浜へ出る。
須磨浜の松の枝が、関ヶ原の合戦の後のように、
千切っては投げ、むしっては飛ばされ、
一面に散乱している。

ふと見ると、
浜一番の大松が眼通しの高さ辺りからくの字に折れている。
おそらく 200年余って立っている大松が威容を誇った
見事な枝振りなるが故の末期だったのであろうか。
近づいてみると、芯が黒く変色している。空洞に近い。
枝を子細に見ると、緑色が浅い。根詰まりを熾しているという。
ああ、癌にやられていたのだ。わからなかった。

並んで立てかけられていたサーフィンの板がばらばらで、
海のボートが打ち上げられて、植木の中に鎮座し、
沖の水泳禁止の標識である黄色の浮き・ヴイが
バンガローの奥に固まって揚がっている。
きっと、貝・蟹の類も打ち上げられているか。

何と、色とりどり、重さ、大きさいろいろのボールが
数知れず打ち上げられている。
それらを一個ずつアイアンで、
明石大橋の見える海中へ打ち込んだ。

ペットボトルが最も多い来客だ。
荒れ狂う波濤に乗って、プラスチック製品が
押し合いへし合い打ち上げられてくるのが見えるようだ。
誰かが言った。
「おお、神の人間に対するしっぺ返しだ」

バンガローが恰も震災後のように打ち破られ、
震災時の駅の地下のように露わにむき出しに遭い、
冷蔵庫の中のジュースも散乱している。

鳩が肩を寄せ合って、静かに群れをなしている。
もっとも安全な防衛陣なのであろう。

深紅の太陽が雲をかき分けて、グイと昇り始めた。
まさに白けかけた満月が沈もうとしている。
蕪村の、月は東に日は西にの逆の現象のまま。

やがて、ラジオ体操の人が集まり始めた。
散乱を見かねて片付ける人もある。
浜は生気を戻そうとしている。