天下の名勝・西湖に遊ぶ

                                                       高野圭介


最初は

1978年の夏


西湖には過去二回訪れている。

戦後、
日本と中国が囲碁の交流が始まったのは1966年であったと言われていますので、
1978年の夏の訪中は民間人としては、先鞭を切っていたと思います。

 芭蕉の筆
西湖の中国随一の名勝たる所以のものは、芭蕉「奥の細道」に記載の一文、

「そもそも、ことふりにたれど、松島は扶桑第一の好風にて、およそ洞庭・西湖に恥じず。」

  


這出自蘇軾的飲湖上初晴後雨

全詩為:


水光瀲灔晴方好,山色空濛兩亦奇。
欲把西湖比西子,淡妝濃抹總相宜。


蘇 東坡 賛美西湖的詩句



蘇州囲碁協会会長 葉 加穐 揮毫の扇子



意思是:    唐 騰 注釈

一片遼闊的湖面上泛起陣陣的漣漪,
早晨的太陽閃爍著亮晃晃的光芒,
在晴朗的日子裏,
西湖景色是如此美麗。

環繞的群山在黃昏細雨中迷離若隱若現,
這真是一幅令人為之神魂顛倒的迷人景色。

晴天的西湖景色宜人,
然而雨天的西湖則增添了一份出奇的美麗氣象。

"西子"就是指越王句踐獻給吳王夫差的絕世美女西施。
若是把西施比喻為西湖,
不論淡粧或濃抹各有其不同的風情,
蘇軾以巧妙的比喻來形容西湖的美。

這是一首膾炙人灔的好詩,
是東坡第一次到杭州任通判時作的

水光瀲灔晴方好のは水波の流動の様子です。



最初は

1978年

 

訪中の最初は1978年の夏、杭州飯店に投宿した。

         

 西湖の長い堰堤は天橋立。    三漂印月という島は松島。    カラーフルな砧や亭は宮島。

まさに日本三景がコンパクトに眺望出来る。


私たちは大きな船で西湖に漕ぎ出した。

三譚印月を離れて間もなく、大きな鯉が跳ね上がったと思うと、
我々の甲板で跳ねているではないか。

私は頼山陽が天草洋に遊んだ時、詠んだ漢詩

雲耶山耶呉耶越、水天髣髴青一髪、萬里泊舟天草洋、
烟横篷窗日漸没、瞥見大魚波間跳、太白當船明似月。


「瞥見す、波間に大魚の踊るを・・・」の件を
写実しているような幻想に襲われたのだ。


第2回目は
1993年

 

私は天津の棋友史 衛忠と二人で中国漫遊中、たまたま杭州に遊んだ。

      

初夏の良き日、碁盤と、特産・水ダックやビールを小舟に乗せて、
晴天の下、一日、湖上対局仙人となった。
ゆーらりゆらり、盤上にも悠々の時が流れ、仙境に浸っていた。





 さてこの春3回目は2010年2月佳き仲間との西湖行きは
何が待っているのだろう。夢は大きく膨らんできている。

2010年2月、上海・杭州6日間ツアー