「蘇」もさん、何ぞや!
高野圭介
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奈良特産「蘇」 |
奈良が遷都1300年を迎えるに当たり、NHKが奈良特集番組を放映した。
その中で、
奈良特産「蘇」がチーズを揚げたようなものと、細やかに紹介されたのである。
(注:そもさん・・・禅問答で、「いったい何か?」と、問う用語)
できあがった飛鳥の蘇は最初ナッツのようなサックリした歯ざわりがし、
次に、生乳に含まれる乳糖のほのかな甘味と、濃厚でまろやかなミルクの味が口に広がる。
かすかな塩気もあり、おやつにしたり、ワインなどにも良く合います。
www.asukamilk.com/so/index.html
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天香具山の麓に
「蘇あります」
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もう、数年も前の、ある秋のこと、清水美子さんご夫妻、竹之内正子さんと、
我々宮垣実さんと私で、飛鳥から大和三山を梯子して歩いた。
そのとき、天香具山の麓、とある家の軒端に、「蘇あります」の張り紙が眼に入った。
ビックリというものではない。あの貴重品と思っている「蘇」が眼の前にあると思っただけで、ぞくぞくした。
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広東の榴蓮酥 |
中国でも同様のことがあって、「蘇入り饅頭」とか「蘇入り煎餅」を見かけたこともあった。
珠海で食した 美味しいお菓子・・・榴蓮酥
しかし、話だけとか加工品で、まだ「蘇」そのものにはお目に掛かっていない。
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「蘇」について、
(序文・後半)
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「蘇」について、 神戸大学教授 鈴木利章教授の解説がある。
「醍醐」は、平安朝初めの『延喜式』によりますと、
「作蘇之法 乳第一斗 煎得蘇大一升」とある通り、牛乳を煮詰めたものです。
『涅槃経』聖行品に見られるように、牛乳を精製した度合で、五段階に分け、乳から酪、酪から酥、
この酥に二種類あり、生酥と熟酥、最後が醍醐。つまり最高の味をもって醍醐味という。これがまた悟の最高段階を示している。
ある会社の製品の宣伝となり恐縮ですが、乳酸飲料カルピスの、後の三字ルピスは、
実は熟酥の梵語サルピスの後の三字であり、それにカルシウムのカルを重ねて創り上げた合成語なのです。
(三島海雲『初恋五十年』昭和四十年ダイヤモンド社)
小生の愛読書のひとつでもある桑原鶴蔵『中国の孝道』を読まれた三島社長は、
カルピス文化叢書なるものを創り、その第一冊目として、これを出版されました。
閑話休題。前述の蘇は(酥と同じ)奈良から平安にかけて、我が国でも広く生産されており、
最近の木簡の研究の成果ですが、天皇や皇后の食膳に、この蘇がのぼっていたそうです。
1991年2月、奈良のそごう百貨店で、[長屋王][光と影][展]があり、
そこで長屋親王の食膳が復元されていましたが、漆器に蘇が盛られていました。
高野豆腐を四つ切りにした型の蘇が八個きれいに並べられており、上流の人々の食品であった。
なにしろ醍醐味ですから、高貴の人しか味わえなかったのです。醍碁味も高貴な味なのでしょうね、きっと。
碁吉会編纂『醍碁味』序文 鈴木利章 より。
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いよいよ以て、「蘇」なるもの、牛乳38㎏から4㎏ぐらいしか精製されないという、
垂涎の生の味・醍醐味を食したいと、無い物ねだり気分になってきた。
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序文(前半)
『醍碁味』雑感
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『醍醐味』雑感
1998年6月7日
神戸大学教授 鈴木利章
由緒ある「碁きち会」の記念誌に執筆させていただきます光栄にまずお礼を申し上げます。
そもそもこの様なことになりましたのは、小生三宮にあります朝日カルチャー・センターにて、
目下「新ヨーロッパ史」を隔週に講義させていただいていますが、
この教室の実に熱心な聴講生に会長の高野さんがおられまして、最前列の中央、
つまり私の目の前が定席で聴講され、毎回講義内容を数頁の冊子にして送って下さるのです。
その上、貴重な冊子『宍粟の碁』や『すざら碁仙』をいただいたり、また、欧州旅行の成果として、
’マーブルの秋ギリシャ鼻ローマ鼻’の句をご披露下さったりして、親しくさせていただいているためです。
『宍粟の碁』は小生にとりましては、全く猫に小判ですが、ビブリオマニアの小生にとっては、書棚の貴重な宝です。
このようなお付き合いからでしょうか、ある時「碁の本を出版したいのですが、
何かよいタイトルはないでしょうか」とのご下問?をうけて、咄嗟に思いついたのが、この『醍碁味』でした。
小生自身碁は全く知りませんし、将棋は囓った程度。
なんでも子供の頃、負けて涙が止まらず、それが恥かしくて、
それ以来勝負事には一切手を出さない決意をし、今に至っています。
しかし、同僚にも碁の好きな人がおられ、ひねもす碁盤とにらめっこをしておられるのを見ますと、
よほど面白いのではと推定しますし、また「碁きち会」という会があること自体、その面白さの証拠でしょう。
この碁の面白さに味があるとすれば、どのような味かと咄嗟に愚考し、
おそらくは派手な味で、その瞬間は美味に感ずるが、回数を重ねると飽きてしまう種類のものではないでしょう。
(もしそうだとすれば、長続きはしませんし)また、高級料亭で、珍しいものを味合うというものでもなく、
(お金がかかりすぎても長続きしないと思います)味合うに上品で、口の中に入れるとほどよく刺激し、
奥深い味「醍醐味」以外にあり得ないと、勝手に直感したしだいです。
以下、引用文(冒頭の)に続く・・・
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