高きに登る 卑きより

                                                    高野圭介

高台から見た橋杭岩 
過日、串本へ行った。

高台から見た橋杭岩の列はちょん切れたような姿が又格別の味がある。
この岩のたたずまいはアビニヨンの橋にも似てと連想した。

中国と北鮮の間の鴨緑江を渡る橋に、下流の新義州と丹東を結ぶ中朝友誼橋が、
その昔、半分爆破された橋がそのまま残っているのを思い出した。 


  

串本の橋杭岩

「高きに登る」
 ふと、俳句の秋の季題にある「高きに登る」が頭をよぎった。

芸に老い芸に生きてしけふの菊   武原はん女

一足の石の高さに登りけり     高浜虚子


中国の「登高」
「書経」の「高きに登るは必ず低きよりす」は(昔、中国では「登高」という。

九月九日の重陽(ちようよう)の節句に災厄をまぬがれるために
高い所へ登った風俗をまねて)丘や高台などに登るのだそうだ。

転じて、物事を進めるには順序があり、
まず手近なところから始めなければならないことのたとえとある。

 少年の頃、高いところへ登ることしか知らんものは「センチ虫」とか、
しょうもない駄洒落を言っていたことも懐かしい。

例えば

総理である

 がむしゃらに高い方へ登っていったら、その後はどうなるか?

 例えば、総理である。オール日本のトップ・総理を引いた後の
身の処遇はどうしているのかな?

ソーリ、ソーリ、ソーーリ

 今ここで、誰それといってもいろいろで、
政界に影響を残さないと言っておいて、フィキサーを買って出たり、
半分薄ぼけた姿をテレビの隅にちらりちらり見せるのもある。 

「低き」は「卑き」
 まあ、いいか。人さまざまだ。

 元々、「高きに登るは必ず低きよりす」の「低き」は「卑き」であって、
「卑き」が抜けきらないまま、「高き」に就いていたのではないか?