愛と認識の出発

                                                    高野圭介





 愛は欠けたるものの求むる心ではなく、溢るるものの包む感情である。
人は愛さらるることを求めずして愛すべきである。

        『愛と認識の出発』倉田百三より


愛は認識の深まり
若いとき、とても純粋に読みふけったものだった。

いつしか「愛は認識の深まり」と解釈している自分を見いだして、
苦笑していたのを思い出す。

価値観を共有する
それが昂じて、

今では「自分をよく知ってくれている人が最も大事な人」と思うようになってきている。
逆に、どんな立場の人でも、自分を評価してもらえない人は素晴らしいと思えない。

いっぱんに、お互いに評価し合える人のことを価値観を共有する人」というのだろう。


置き換え、しても
昨今、この人をこの物に置き換えても、
「愛着のある物」として愛用しているのを知った。

物を環境に置き換え、地球に置き換え、しても同様である。


碁の溢るるもの  
碁敵に置き換えても何ら変わらない。

私は碁に取り憑かれていると思う前に、
碁の溢るるものの包む感情に充ち満ちていると思うようになっている。