棄つべし


 「棄てる」ということがどれほど凄いことかと知って、碁はいっそう深まる。


                                                高野圭介

 
 
宇太郎先生の格言

「棄つべし」

 

ある日のこと、宇太郎先生に聞いた。

「囲碁十訣はどれも素晴らしいのですが、
その中で一番大切というのは何でしょうか?」

直ちに先生は「[遇危須棄] でしょうね。
そうですね、[須棄] だけでいいです。

前の[遇危]は要りませんね。もう一つ、[動須相応]です。
そうそうこれも[動]は要りませんね」と言われた。


棄てること。

碁を打つ限りこの最も難しいことに挑戦せねばならない。
心に銘を打つと決めたとき、
[須棄・須相応]は私の座右の銘となった。


姪の結婚式に色紙が廻ってきた私はためらわず
[須棄・須相応]としたためたが・・・

帰ってから、しまった!と、冷や汗が出た。

 
俳句の

「削ぎ落とし、捨て去れ」


神戸のシルバーカレッジで、
第一期生の同級生になったというご縁で、
品川鈴子先生に俳句のご指導を受けたことがある。

回を重ねて幾つかの注意事項が指摘された。
それを集約して三つ。

@ よく観察して、そのことを述べること。
例えば、悲しい、とか、素敵、とかの説明を付けずに表現すること。

A 五七五の世界で最も短い詩型が俳句である。
その限り、徹底的に不要の言葉を削ぎ落とし、捨て去ること。

B 感動詞・や、かな、などの曖昧な言葉はとりあえず排除すること。


伝記にも

「棄てる勇気を持て」


昨今、文藝春秋2003年9月号に、
芥川賞受賞作品・吉村萬壱著「ハリガネムシ」が
発表されており、購読した。

 その冒頭の随筆欄の冒頭に阿川弘之「宮様の伝記」が
注意を惹いて、赤字で紹介されている。

それには、高円宮の伝記を書くに当たっての心構え、
三箇条が記されていた。
ここにも、棄てて棄てて、削ぎ落とせと言っている。
曰く
@ 説明せずに、描写せよ。
A 棄てる勇気を持て。
B 余談・脱線(digression and digression)の薦め。

 碁で棄てる苦しみ
碁の「棄てる」にはいろんなニュアンスがあって、

「いったん棄てる(後で息を吹き返すが)」もあれば
「方向転換」「ご用済みで、見殺す」「キカして棄てる」
「取られたのを棄てたとする」「棄てて、振り替わる」
「棄て棄て大作戦」「味を残して棄てる」
「小さく棄てる」などなど、捨て方も難しい。

的確にうまく棄てられたら、名人芸の碁だろうが、
実戦で「棄てる」というのは苦しいものだ。