ウオーターとバター

                                      高野圭介

シュガー・ウオーター
明治の初め、岩倉使節団が西欧を歴訪したとき、
安場保和貴族議員がたまたま砂糖水が欲しくなって、
「シュガー・ウオーター」と言ったら、
「タバコとバター」が来た。と言うのである。

(読売2005年1月14日、編集手帳より)





 編集手帳には、まだ落ちがあった。
「砂糖水」・・・「サトウミズ」 には「ストミミズ」
すなわち「酢とミミズ」が来ないかな、などとある。

「ウオーター」 
 あるある。
私も1975年に、サンフランシスコのレストランで、
水が欲しくなって、「ウオッラー」と言って頼んだ。

かって日本にいた、終戦当時のアメリカの兵隊GI(General Issue)が
使っていたアメリカ英語で、water (水)を「ウオーター」と言わずに、
格好良く(聞こえていた)「ウオッラー」と、言ったまでだった。

 やがて、ボーイがカレー 1皿ほどの「バター」を、
うやうやしく持参してきたではないか。
あっけにとられている私を見て、首を傾げながら引っ込んでしまった。
 これなら初めから「ウオーター」と、日本式に話すべきだったと、
反省もしたのだったが。

「ウレコード」   
 また、
アメリカでのことだが、息子達からビートルスの新曲を
土産に頼まれていたので、私はレコード屋を探して歩いた。 
会う人に 「Where is Record shop ?」と、聞いて歩いたのである。

 最初に教えてくれたのが酒屋であった。2人目も酒屋。3人目も酒・・
私は何かおかしいと、思案したとき、
私の Record が Liqueur と、聞こえたのだろう。
ははーーん「リキュール酒」と言うじゃない・・・と、
読めて、合点し、苦笑したものだ。
 だから、「ウレコード」なら、通じたものを。

「厠所はどこ?」 
 中国での話である。

 たまたま中国のプロの対局室で、
常昊九段の碁を見ていたとき、トイレに行きたくなった。
独り室外へ出て、世話人の方に「スーソー=厠所はどこ?」と、
訊いた・・積もりであった。

 その人は親切にエレベーターまで連れていってくれて、4Fのボタンを押してくれた。
まあ嬉しくて、そそくさと4Fで降りたら、そこは客室ばかりで、どうしようもない。

衛生間
私は、はたと、合点した
「厠所」は「cesuo ツーソウ」で、そう言ったはずであるが、
彼には「四層 スーソウ」としか聞こえなかったのである。
 私はお腹を抱えて右往左往した経験がある。

 この発音の怖さに、後は「衛生間 weishengjian ベションチエン」と言うことにした。
日本式に、小便の反対・ベションと、母音をどう発音して、
早くても遅く言っても、誰でもどこでも通じるから安心できる。

 この歳になると、言葉の怖さは、笑顔で大半を補ってくれると、
私は信じている。