閑話休題 Sternenzert 星の王子様がバオバブの木で作った碁盤を地上に運んでくれたものか、 星の彼方に父のおわしますエリ-ジウムから聖なる乙女が煌めく星屑をもたらしたものか、 思うだけでも楽しいじゃないか。 高 野 圭 介 |
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何千年、いや何万年もの昔のこと、盤上遊技の盤の登場である。 天空を模したか、地盤を形づくったか、とにかく盤が創られた。 そして煌めく一握りの星がぱっとばら撒かれたら碁石になり、活を得て蠢いた。 曲折があって碁の祖型が生まれ、碁が創作されていった。 こうして星空・Sternenzertの壮絶なまでの美しさが盤上のちりばめられた石として 囲碁という名の下に手談が繰り広げられているのを知る。 さあ、そんな星の秘密・星屑の魔力にそ-と近づこう。 |
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星のお伽の世界 | 星のお伽の世界のもたらした碁はチベットで打たれていた頃は 一七路の碁盤に多くの石がまず星に置かれて打ち合っていた。 やがてヒマラヤから中国秘境へ。仙人が悠久の時間を楽しみ、 三国史の関羽帝に愛され、多くの皇帝や武将の愛顧となり、 中国の国技として普及していた。 |
元から明へ | そのころは一九路盤の隅の星に白黒二子ずつ置きあって打ち始められていた。 ところがである。フビライの元の時代となり、焚書の刑に遭ったのか、 地震の前にネズミが居なくなるように、 忽然と碁自体が社会から消えて無くなってしまった。 時経て、元が亡び明となった。 驚くなかれ、盤の上から星に置きあう石が消えてしまって、改めて碁の登場である。 明の太祖朱元璋はことのほか碁を愛し、碁は瞬く間に中国を席巻した。 |
自由に打つ碁 | 日本でもまた、右に倣えと、自由に打つ碁となっていた。 そして、小目全盛を迎えていた。 つまり、対抗の位置の目外し、高目は研究され尽くしたが、 星『三々』は鬼門として扱われ、『五の五』など見向きもされず、 どちらかというと忌避される時代が続いた。 |
星打ち見参 | ところが、昭和になって忽然と星打ち見参である。 呉清源は『平均における星の優位』と題して、囲棋革命『新布石法』を提唱し、 星が日本棋壇に躍り出た。 曰く「星はそれ自体で隅を打ち切っていると同時に、限定された地域としては 隅を少しも打って居ないことになる。 即ち敵の石が『三々』に来れば地でなくなるから、 星は隅を打っていないとも言えるわけで、 このことは隅に対して星が偏っていない証拠でる。 |
三三・五五 | 因みに『三々』は隅の地域を固定しているが、その堅固な偏りのために、 他の石との平均を保ちにくい意味があって、この点星に劣る。 また『五の五』は隅に偏っていませんが、星から遠いので、 隅を打っている感じが鈍い。でも、隅に制限を与えていることは明らかである。」 |
星打ち全盛 | 流行とは面白いもので、ごく昨今では二連星・三連星はおろか、 四連星までも登場し、盤上は星一辺党に近い繁盛ぶりである。 それが証拠に星の定石しか知らない有段者が大勢居るではないか。 今気がついたが、かく申す私もいつの間にか星を愛用している。 |
星・Sternen | 思うに、星・Sternenは囲碁の核心から周辺を見え隠れしながら 永の年月を駆けめぐっている。 人類の英知は感性と知性を結集して盤上に星を磨き上げるのである。 私は毎年暮れになると「歓喜に寄せて」と第九を謳う。 いつもこのシラ-の詩を碁きちの囲碁賛歌と聞きながら。 幾百万の人々よ、互いに抱き合おう。 この口づけを全世界に与えよう。 兄弟たちよ、星空・Sternenzertの彼方には、 愛する父が必ず住みたまう。 |