歴代兵庫県知事の話

第21回ミニミニ講座 いろり談議

吉岡 易 先生

とき  2017年6月15日13:00~
ところ 交友プラニングセンター


兵庫県貝原俊民・現:井戸敏三知事

     


本日は兵庫県知事のお話最終回です。奇しくも知事選挙の告知日に当たってしまいました。

                                           高野圭介

貝原俊民
佐賀県武雄市に生まれる。佐賀県立武雄高等学校東京都立北園高等学校を経て、
東京大学法学部卒業後に旧自治省へ入省。


1970年
、兵庫県に総務部地方課長として出向して財政課長、
農林部長、総務部長などを歴任、1980年から副知事を務める。


1986年
には知事となり4期15年を務めたが、任期を1年残した2001年に、辞任した。

防災士
を育成する特定非営利活動法人日本防災士機構会長を経て同機構顧問に就任。



貝原知事

阪神大震災の不手際


貝原知事は登庁直後、被害状況の酷さに対し職員の少なさ
(職員も被災し、登庁していた者は全庁で40人程であった)、
通信手段の少なさ(電話は回線輻輳のため発信はほとんどつながらず、
生きていた大代表への着信は混乱を極めていた。

消防庁
との防災行政無線もつながらず、停電時でも県内の市町及び国へ
連絡できる筈だった衛星通信自家発電設備の故障で役目を果たせなかった)、

情報の無さ(連絡の取れた各市町の役場、警察、消防からは
「被害はあるが規模は不明」としか来ていなかった)といった状態で臨時の特別班編成を行い、
情報収集・緊急救援対策に梶田信一郎総務部長を、余震対策に柴田都市住宅部長を、
救援物資対策に豊泉進商工部長を、各省庁や他府県との折衝に芦尾副知事を当て、
その時点で取り得る最善を尽くすように指示している。
この時に野口課長補佐も会議には参加せず、自席で市町や自衛隊との連絡に専念するよう
知事に指示されている(それでも次に自衛隊と連絡が取れたのは午前10時となった)。


貝塚は、後年、「自衛隊と交信ができなかった。8時の段階で、
姫路の連隊からこちらの係員にやっと通じた。
『大災害だから、準備を。すぐ要請するから』と言ったところで切れて、
それ以降、連絡が取れなかった。いまだから言ってもいいと思うけど、
出動要請が遅かったというのは、自衛隊の責任逃れですよ」と述べ、
出動要請遅延の責任は自分ではなく自衛隊にあると振り返った[6]



井戸敏三知事

 
兵庫県揖保郡新宮町(現たつの市)出身の神奈川県横浜市育ち。


道州制を拒否しており、「国が権限を持ったまま道州制になれば、
国の出先機関になってしまう」と発言している

大阪府知事であった橋下徹大阪国際空港(伊丹空港)廃港案に強く反対する一方、
橋下徹大阪市長が掲げる大阪都構想について不支持を表明している。
「膨張主義だ。ムードだけで制度を変えるのが一番いけないこと」と指摘した[8]

、「飲酒運転をしたから直ちに免職というのは、行き過ぎているのではないか
懲戒処分としてのバランスを余りにも欠き過ぎている」と発言した。

2014年10月14日
橋下徹
大阪市長松井一郎大阪府知事が進める統合型カジノ構想に対し、
関西広域連合長でもある井戸兵庫県知事が「依存症の弊害がある中なぜ
今解禁なのか」「地域振興のために手段を選ばないのは基本的に間違い。
関西広域連合として議論していないが私は大反対だ」と反対表明。


2017年兵庫県知事選挙
の争点は二つ。




2017年兵庫県知事選挙の争点は二つ。

1.井戸知事の五選反対。かってない五選で、他の候補が全員批判の的に。

2.兵庫県の人口減少傾向が昭和21年から続いて、歯止めがかからない。

 
人口減少社会の危機感の高まり




東京都知事の共通点

1.タレント上がり

2.政党を転々と替わっている。