コンピュータと脳の構造
一.コンピュータの構造
コンピュータには、機械語といってコンピュータが理解できる言葉と文法があります。 その言葉にはある動作が一義的に対応しています。
つまりコンピュータは構文論的構造をもつ記号を処理することによって、
作業を実行しようとするものです。
人が作業書に従って作業をする場合に相当します。
言葉は一次元です。直列処理といって、 言葉にしたがって何かをする場合には、一つづつ順番に処理しなければなりません。
コンピュータも言葉を使うので基本的には直列処理です。
コンピュータは、まさに「初めに言葉ありき」です。
二.脳の構造
人は動物です。頭の中の構造は基本的には他の動物と同じです。
他の動物の頭の構造についていくつかの事例を見てみることにします。
カラスはくるみの殻を割って実を取り出して食べるといいますが、
どうやって割るかご存知でしょうか。
信号が赤の時にくるみを自動車の前に置いて車輪でひき割ってもらうのだそうです。 利口なやつは、車の前に飛び出して車を止めさせて、その前に置くのだそうです。
これは仙台の自動車学校で始まり、
その文化は今では東北一帯に広がっているそうです。
オウムは、おうむ返しといって、
人の言ったことをそのまま言い返すといわれています。
こういう実験があります。二人の人がオウムの前で会話をします。 一人が、相手に何かを見せて「これ何」と問います。相手が「何々」と答えます。
その答えが合っていれば、ごほうびがもらえます。
合っていなければ何ももらえません。
その会話をじっと見ているオウムが、
途中からその会話に参加してくるのだそうです。 何かを見せられると「何々」と答えるようになるのだそうです。
その後はオウムを相手に繰り返すと、20位のものは憶えるそうです。
数も色も理解できるそうです。
イルカは非常に賢い動物だと言われています。
言葉も20から30位持っているそうです。
ロシアがまだ大国だった頃、
アメリカは海域に出没するロシアの潜水艦対策として、
イルカの背中に爆弾をくくりつけて、
指示に従って行動させるというプロジェクトがあったそうです。
そのイルカに関して次のような実験結果があります。
イルカに芸をさせて前と違う芸をしたら餌を与えることにします。
始めは餌がもらえます。
イルカはおそらく次も同じ芸をするでしょう。しかし餌はもらえません
。
だからといって、
これは前と違う芸をしたら餌がもらえるだろうと
判断するほど利口ではないでしょう。
もらったりもらえなかったりしているうちに、
あるとき突然、イルカは分かるのだそうです。 それからは次から次へと前と違う芸をするのだそうです。 実験をした人はそのことを論理階型が上がるといいう言い方をしています。
これらの例で言えることは、動物は経験や訓練を繰り返すことによって、 その中に含まれる、より高度な論理を認識できるように、 脳の構造が自動的に自己組織化されるということです。
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今までお話した動物は、いちばん深いところで、我々の生存そのものを支えてくれる、 「感覚」や「身体」を司る反射脳、「感情」を司る情動脳を持ったものですが、 我々人間を含む新哺乳類には、更に大脳皮質と呼ばれる理性脳が備わっています。 大脳皮質はさらに右脳左脳に区別され、それぞれ感性と言葉・論理を司っています。
私たちの脳は、1000億もの膨大な数の神経細胞(ニューロン)からできています。 これらの神経細胞はお互いに結合し合って
神経回路網(ニューラルネットワーク)を形成しています。
神経回路網は3次元に配列され、コンピュータの
LSI(大規模回路)をはるかにしのぐ規模になっています。
しかもその末端にはシナプスという入出力線が、
神経細胞一つにつき、数千から数万存在し、
それぞれが他の神経細胞と結びついて、 コンピュータとは比較にならない複雑膨大なネットワークを形成しています。
神経回路網は、学習や経験を通して、神経細胞同士の結合を強めたり弱めたり、 または新たに神経細胞同士が結合したりして変化していきます。 これらの変化は無意識のうちに自動的に行われます。これが自己組織化です。
認識するとか理解するということは、
これらの神経細胞のダイナミックスが行っていることなのです。
同じことだと思われることでも、
人によって多少認識や理解の仕方が異なるものです。
それは認識するとか、理解するということは、
各人それぞれ異なる経験とか学習を通して
自己組織化された神経回路網を通して行っているからです。
その人の神経回路網は、その人にとってはまさに世界そのものなのです。
人の理解の仕方は数学のように、定義によって行われているのではないようです。
その人が今まで経験したこと、学習したことを通して、自己組織化のなかで、
理解の対象と関係付けられている(つながっている)いるものの
全体として理解しているようです。
例えば、野菜とは何ですかと問われて、
きちんと答えられる人がいるでしょうか、
おそらくいないでしょう。
しかし、何かを見せてこれは野菜ですかと聞かれると
結構正しく答えることができるというのは、
野菜という言葉といろいろな個別の野菜が結びついた形で
自己組織化がなされているといえるでしょう。
それらの結合を通して、野菜と言う概念が出来上がっているのです。
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また、自己組織化の過程の中では、広がりをもって、情報がまとめられている可能性があり、 一見関係のなさそうなものでも、他に影響を与えていることが考えられます。
例えば、昔徒弟制度というのがありました。親方の家に住み込んで 親方の家族と生活をともにしながら技能を身に付けていくというやりかたです。 これは、技能とは関係がなさそうに見えるけれども、親方と一緒に生活することを通して、
親方の基本的なものの考え方、捉え方が知らず知らず
自己組織化のなかに組み込まれていくということだと思います。
自己組織化のプロセスはまだ解明されてはいませんが、だんだん論理階型を上げながら、 自動的に宇宙の摂理のようなものが頭の中に出来上がっていくのではないでしょうか。
数学で世界的に有名な奈良女子大学の岡潔先生は、
数学の問題を解くのに理屈で考えてはいけない、
頭の中を静観すれば答えはひとりでに出てくるものだと言っています。
まあそうなるためには、そのような優れた自己組織化が出来上がっていくような
学習や経験や訓練をする必要があるとは思いますが。
人の脳は、経験や学習を通して、いろいろな問題への対処法が、 神経細胞のネットワークの中に組み込まれた形で、自己組織化されています。 前にも述べましたが、それは定義とか、法則と言った形ではなく、 関連するもの同士のネット上での結合と言う形で実現されているのです。
宇宙には定義とか法則そのものは陽には現れてはいません。 各自然現象の中に陰に存在しているだけです。 人の頭の中もまさにそうではないでしょうか。
この頭の構造を、そのまま活用した思考方法をイメージ思考といいます。
昔の人はイメージ思考に優れており、多くの条件をイメージ思考で読んで、 航海とか天気予報等いろいろな場面で用いられていたようです。 それが生活の上の基本だったといっても過言ではないかもしれません。
イメージ思考では、信号の伝わる速度はコンピュータには全く及びませんが、
並列処理と言って、多くの入力信号が、膨大なネットワークの中の、 互いに結合された、関連する神経細胞上を並列して 同時に伝わることによって、ただちに答えを出すことが出来るのです。
文明社会、特に情報化社会においては、
この種のイメージ思考はあまり使われなくなってしまいました。 思考とコミュニケーションは、すっかり言葉に頼るようになってしまいました。
現在イメージ思考の残っている分野の主なひとつに
囲碁、将棋等のゲームの世界があります。
コンピュータが人に勝てない大きな理由は、
形勢判断」が苦手ということになっていますが、 これはまさにイメージ思考を必要とするケースです。
それから、もうひとつは、プロの運動選手です。
その際たるものはイチロー選手です。 球がピッチャーの手を離れるか離れないかの瞬間に飛跡を読んでしまいます。 まさにイメージ思考です。 言葉で考えている暇などありません。
人の場合には、理解の基本はすでに頭の中に組み込まれているのですから それをもとにイメージ思考をすればいいのです。
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しかし、前にも述べたようにコンピュータは基本的には直列処理です (コンピュータを複数台つなぎ合わせて並列処理といっているものもありますが、 人の脳に比べると並列度のレベルが全然違います)、 コンピュータの場合には全ての場合について一つづつ全部調べ上げなければなりません。 これでは、複雑な問題に対しては、
いかに高速なコンピュータといえども対処が難しいということです。
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