人生のセイムスケール

『行為にあらず、行為に関する意見こそ、人を動かすものぞ。』 -エピクテータス-

                                        松本 護

 玉川和正氏によれば
『建築の世界では、新しい建物を計画する際、
よく知られた古今東西の建物の平面図や立面図を
同じサイズ、スケール(縮尺)で並べて
空間の大きさや高さ、そしてコンセプトを比較する
セイムスケールというプレゼンテーションの方法がある』

そうだ。

このような空間の比較からの類推であろうか、
氏は人生の時間(人の生涯)の長さで「人生のセイムスケール』をという発想をされたという。
art random - 人生のセイムスケール

  それで『古今東西・老若男女の「存在と精神の系譜」を編年体でも、
アイウエオ順でも、概念別でも、分野別でも、地域別でもなく、
かといって恣意的な序列や順序、ランキング形式でもない、
この世に存在した生涯日数のみで再配置してみるというもの。

それにによって絶対的歴史年やジャンルの枠を飛び越える』という信念のもとに、
全くの個人で世界の人物を生涯日数で1500人が配列されている。

これは偉人伝ではないので、
忠犬ハチ公とかトキのキンとかサルの次郎も取上げられているので面白い。 
最も短い人生は加藤秋雪(6年2ヶ月)というダウン症の男の子だ。
続いて平家一門と共に壇ノ浦の海の藻屑となった安徳天皇(6年4ヶ月)と続く。

最後のページをかざるのは何と大漢和辞典の編纂者として
高名な諸橋轍次先生(99年6ヶ月)
小説家の野上弥(彌)生子(99年10ヶ月)だ。
諸橋先生は大修館書店刊の「論語の講義」とう名著で翔年は大変お世話になっている。
先生のご長命には正直、驚いた。

訂正です。
正しくは116年1ヶ月と15日生涯の
本郷かまと(Kamato Hongou)さんでした。
あんまり長命なのでついうっかりと見逃していました。
この記録はなかなか破られないのではないでしょうか?



このスケールはこんな見方もできる。例えば翔年は今63歳だ。
63歳の所を見ると、数学者のフェルマー、電気磁気学のギルバート、それに天文学のハッブルが上っている。
もし、今年死んだらこの人たちとシンクロする。
来年ならビッグバンのガモフや人智学のシュタイナーがいるから、ここも魅力があるなぁ。
これから先が楽しみだ。

このセイムスケールを見ていると改めて時の流れの無限性を悟らされる。
悟った人は何歳であろうと、長く生きることを目指すのではなく、より充実した人生を目指すのではないだろうか。

辞世の歌を二つどうぞ。

ついに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思わざりしを    
在原業平

友みなのいのちはすでにほろびたりわれの生くるは火中の蓮華   川端康成

                         (火中の蓮華=ありうべからざること。仏教用語)