淡水テニス・自在なOBの技
2009.05.24(日)於本校

神戸商大テニス部OB入魂の活躍
淡水テニス・参加第2回目



                                                   最長老の新米OB  学4  高野圭介 



軍隊の規律
 20日まで北京に居た。
「大阪で豚インフルが100人出た」とFM放送で聞いた(TVはダメだとも)と、北京の雀たち。

帰国すると、聞くと見るとは大違い。神戸が発症の地として注目の的だった。
したがって淡水テニス総会の開催も危ぶまれたことだろう。

コートに足を踏み入れると、
ピーンと張り詰めた空気が伝わってくる。軍隊の一個小隊の規律がそこにあった。
これは一にかかって小幡会長のカリスマ性リーダーシップが隅々まで行き届いているからであろう。

           
4-5から逆転勝ち
いよいよ6ゲームセットマッチゲーム。 ただし、6ゲーム先取方式である。
「早川佳菜・梅本 哲 vs 木下恵子・高野圭介」

率直に言って、このような長時間のゲームは久しく体験していない。

おまけに、ラケットを担いでするサーブをこのゲームから試みたが難しい。

ところが不思議なことが起きた。
初めから1ゲームを追うシーソーゲームの展開となり
ゲーム
4-5から逆転勝ちして、勝ってしまった。まさに青天の霹靂であった。

私でも出来る・・・yes we can・・・
                 
山路伸吾神様 
戦い済んで、「フォアよりもバックのスライスがとても良い」
「サービスがいいですね」
など、お世辞含みの評が伝わる。(ほんまかいなぁ?)

「高野さん、上手いなぁ・・・私より上手いなぁ」と手を出してきた紳士。
ふと見ると、山路伸吾神様ではないか!

彼は2年後輩であったが、私には手の届かない神の座の巧さ!
私は独り心中で「山路神様」と呼んでいた。

実は2回戦で、彼と当たったが、神様が仁王さまのように前に立っていると
・・・事実、ボレーの巧さは衰えを見せない・・・。
私のボールが竦んでしまって、ゲームにもならなかったことを告白せねばならない。

これは、ボールのせいだけでなく、11ゲーム連続のプレーは私のスタミナを消耗していたことも。
後で自覚した。歳じゃ歳じゃ。

神様との会話は
「酒は百毒の元」と高野。「酒は百薬の長」と山路。
あははっっh  どちらも本当で、どちらも嘘である。 あははっっh
兼好さんも罪な人じゃ。

                


全日本に挑戦する!


戦い済んで、総会・懇親会である。

淡水テニスホームページの現状について各自の意見交換があった。

現役の活動に、加瀬雅章・谷澤充朗ら先輩諸兄のOB諸兄が捨て身で対処しているさまが
充二分に盛られている事業内容であり、会計報告であった。

小幡会長は過保護なほど細やかな神経で、学生たちに繰り返し問うた。
「何か困ったことがないか?特に金銭的な負担で問題は無いか?」
鬼監督の暖かい心情の吐露である。

毎日4時間、コートに立って、トップクラスと技を競うているから、
来年度は全日本シニアトーナメントに挑戦する!と明言。
率先垂範の態度を示した。

まさに、淡水テニス・自在なOBの技の真骨頂であった。


 
頼 雅琼




交換留学生の頼さんは
夏には広東に帰る
とも言っていた。


コートサイドで、雅琼と話した。英語と中国語とチャンポンで話した。

「私は勝たねばならない義務がある。懸命に踏ん張ってやっているが、
酷なほどきつい!」と述懐。
でもそれは真剣に取り組む、とても良い感じと受け取られた。まさに本音であったろう。

 
 

自己紹介に 「やる気!が一番」と。

私は自分の囲碁活動60年、存分に取り組んできた。
その故もあって、淡水テニスに疎遠であったことを詫びた。

学生時代から「やけチャン」と呼んで、昵懇の仲だった三木康輔
昨年他界したのを知って、ここへ来るのが一年遅かった!と悔いた。

中国で見、聞きした英語の実用性の話。
また、網球(テニス)のスポーツ心理学の観点から、聞いた話をした。曰く、
テニス(スポーツも碁も)は「やる気!が一番である」と言うことを。

帰宅して、日馬富士関の優勝の弁がTVから伝わる。曰く
「私は気分で相撲を取っている」と。つまり「やる気充分であった」と。
むべなるかな。