「聖老人」

                                            1978年 山尾三省




 一見にしかず屋久島の自然



 縄文杉


屋久島の縄文杉を讃えた詩


聖老人

屋久島の山中に
一人の聖老人が立っている

齢およそ七千二百年という
ごわごわしたその肌に
手を触れると
遠く深い神聖の気が
沁み込んでくる

聖老人

あなたは
 この土地に生を受けて以来
ただのひとことも語らず
ただの一歩も動かず
そこに立っておられた

それは苦行神シヴァの千年至福の
瞑想の姿に似ていながら

苦行とも至福ともかかわりのない
ものとしてそこにあった

ただ
そこにあるだけであった

あなたの体には幾十本もの
樹木が生い茂り
 あなたを大地とみなしているが
あなたはそれを自然の出来事
としてながめている

あなたのごわごわとした肌に
耳をつけ
せめて命の液の
流れる音を聴こうとするが
あなたはただそこにあるだけ

無言で一切を語らない

聖老人


人々が悪というものを知らず
人々の間に善が支配していたころ
人間の寿命は千年を数えることが出来たと
私は聞く

そのころは人々は神の如くに光り輝き
神々と共に語り合ったという

やがて人々の間に悪がしのびこみ
それと同時に人間の寿命は
どんどん短くなった

それでもついこの間までは
まだ三百年五百年を数える
人が生きていたという

今はそれもなくなった

この鉄の時代には
人間の寿命は百歳を限りと
するようになった


人々の間に善が支配し
人々が神と共に語り合って
いたころのことを

聖老人

わたくしは
あなたを尋ねたかった

けれども
あなたはただそこに
静かな喜びとしてあるだけ

無言で一切を語らなかった

わたくしが知ったのは
あなたがそこにあり
そして生きている
ということだけだった

そこにあり
生きているということ
生きていること

聖老人

あなたの足元の大地から
幾すじもの清らかな水が
沁み出していました

それはあなたの
唯一の現された
心のようでありました

その水を両手ですくい
わたくしは聖なるものとして
飲みました
わたくしは思い出しました

法句経 九十八
 村落においても
また森林においても
低地においても
また平地においても

 拝むに足る人の住するところ
その土地は楽しい

 森林は楽しい
世人が楽しまないところで
 貧欲を離れた人は楽しむであろう
 かれは欲楽を求めないからである

森林は楽しい
拝むに足る人のするところ
その土地は楽しい

聖老人

あなたが黙して語らぬ故に
わたくしは
あなたの森に住む
罪知らぬひとりの百姓になって

鈴振り
あなたを讃える歌をうたう




弥生杉






     


 

蛍苔(苔に雨滴がくっついて光っている)