関山利通先生のこと 高野圭介 囲碁サロン関山 席主 関山利通先生 TEL:075-962-3747(囲碁サロン) 075-961-1251 |
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少年・利通君 | 私は関山先生との碁縁が深い。 その様子は碁吉会ホームページの高野エッセイに書いた ・・・囲碁道場「敲玉」・・・に詳しく述べています。 その状況は、私が少年・利通君に三子敷かせて勝っていました。 それをご父君・利夫先生がご覧になっていたのですが。 その後、利夫先生にはチャンスが無かったが、 当の利通先生には一2000年の関西棋院創立50周年記念のとき、 今は押しも押されぬ関山利道九段にご指導頂いたことがある。 |
関西医師囲碁大会 | 先だって、2017年2月15日 於ANAクラウンホテルにて 第13回関西医師会碁会の時、関山先生にお眼に掛かる機会があった。 帰宅してからの親書(抄)である。 |
先生への親書(抄) | 拝啓 昨日は先生に「喧嘩が趣味」と言われた話をしたところ、 先生は即座に「山崎で」と言われたと、帰ってから家内と話しました。 あのときは先生はまだ小学生でしたが、記憶力もより優れた、 楽しい先生!と感嘆して二人で昔話を懐かしく話し込みました。 「おもしろ詰碁」のことですが、昨年の6月から 半年間、懸命に取り組んだものですが、 アマの出る幕では無いとの結論に達しいています。 その日ご教示戴いたパンダネットの「死活の神様」を知っておればもっと 楽だったのかと、AIの威力を改めて感じています。 とは言え、この作品は、アマとしては全力投球の最後の作品と思っています。 私はすでに85歳。この8月で86歳になります。いつ碁が打てなくなるかも 知れません。その時はぼちぼちやるにしても、 楽しい先生にお眼に掛かるチャンスはいよいよ遠のきます。 一期一会という言葉を実感として感じています。 ではここに「おもしろ詰碁」を送ります。先生も向寒の砌ご自愛下さい。 敬具 |
以下は碁吉会ホームページの高野エッセイ:「囲碁道場敲玉」より転記 |
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『宍粟の碁』 | 『宍粟の碁』を刊行するに当たって、 関山利夫九段に指導碁をお願いすることになり、 本院の事務局に相談をしたとき、思いもかけぬことを聞いた。 |
関山利夫九段 | 「よく声をかけて戴きました。内規に『本戦はもとより、 指導碁も関西棋院の事務局を通じて行う』というのがありますが、 関山利夫先生はきちっと守っておられて、いかに懇意な中でも筋を通されます」と。 1982年7月18日に、こうしてまだ小学生のご子息、利道君、英利君 共々ご一緒に山崎へおいでいただいた。 |
元三河村阿曽実村長 関山家四代に亘る碁縁 |
奇すしき縁に結ばれ、馳せ付けられた人があった。 元三河村阿曽実村長で、元村長は「大阪で教員を始めた頃、 先生のご祖父盛利先生、ご尊父利一先生にご指導を受けていました。 それがまた、本日書物になる一局を利夫先生に教えを乞い、ご子息利道、 英利の両君にもお会いでき、関山家四代に亘る碁縁を戴きました。 何より嬉しい」と言われて、感無量のご様子だった。 |
利道君の相手 | 利夫先生が『宍粟の碁』記載の指導碁を 阿曾実・松本明・荒木俊介・森泰宥の各氏と打っておられる間に、 私は利道君の相手をして、三子局をなんとなくこなしていた。 利夫先生は余程その碁が気になったらしく、 終始先生の視線を浴びていたのがありありと分かった。 |
利夫九段から 子供に碁の指導の礼 |
程なくして、先生からお便りを戴いた。 文中に「子供に碁の指導をありがとうございました」とある。 先生はことさら几帳面な上に、碁の指導については 格別の価値観を持っておられるのに驚いた。 私如き者が指導なんておこがましいのに、何と言うことを 言われるものか、と赤面した次第である。 |
「囲碁道場・敲玉」 | 降って、田舎に「囲碁道場」を設けた。 設立するに当たり、三木正先生に名称についてお知恵を戴いた。 先生は「近代的なのがよろしいか、何かいわくのあるような 名前がいいか、如何でしょう」と聞かれる。 私は「由緒ある名がいいのです」と言うと、 では「敲玉」をと言われて、「囲碁道場・敲玉」と命名して頂いた。 |
『敲玉余韻』 | 因みに『座隠談叢』によると、 広島の石谷広策という人が本因坊秀策の打ち碁100局を集めて 編纂したもので、『敲玉余韻』と名付けた。 冒頭に「囲碁十訣」が記載されているので有名。 (Ten cautions about the game of Go) |
『敲玉・利一』の扇面 | 後日、三木先生から揮毫が一通届いた。開けてみると、 「関山利一先生の奥様にこの話をしたら 『敲玉・利一』の扇面の書がありますので差し上げましょう」と言われ、 戴いたものですと、記してあった。 |
「僕の趣味は?」 「喧嘩!」 |
2000年の関西棋院創立50周年記念のとき、 久々にかっての利道君こと 今は押しも押されぬ関山利道九段にご指導頂いた。 そのとき、当時の話をしたら覚えておられ、 若き利道少年に家内が「僕の趣味は?」と聞いたら、 少年は言下に「喧嘩!」と返ってきた、 「やんちゃな、面白い子よ」と破顔していた・・・ この話に、 利道九段がいよいよ人なつっこく、相好を崩されたかに見えた。 |
関山利一筆 「飛玉一声」 |
2009年秋、中山典之先生宅を訪れた。 先生の書斎に、掲げてある額 関山利一筆「飛玉一声」 |