相応ずべし

                                             高野圭介



前に「高野エッセイ」に書いたことがある。

ある日のこと、宇太郎先生に聞いた。
「囲碁十訣はどれも素晴らしいのですが、その中で一番大切というのは何でしょうか?」


直ちに先生は
「[遇危須棄] でしょうね。そうですね、[須棄] だけでいいです。
前の[遇危]は要りませんね。 もう一つ、
[動須相応]です。そうそうこれも[動]は要りませんね」と言われた。

心に銘を打つと決めたとき、[須棄・須相応]は私の座右の銘となった。

「高野エッセイ」の「棄つべし」より


ゴルフ
サントリー・レディース・オープン2008が
六甲国際ゴルフ倶楽部で開催された。

6月14.15日と、早朝から決勝ラウンドの観戦に出掛けた。
観戦といっても、選手のパターの稽古と、肩慣らしの乱打。
そして、グリーン周りのヨセ。この三点に集中して観ていた。

どのプロも、力んでいる選手は居ない。
キチッと精錬されたフォームの、楽なスイングの中で、
ボールが柔らかく、真っ直ぐ飛び、転んでいるだけである。

テニス
最近のこと、テニスをしていると、コーチから
「打つとき、もっと力を抜きなさい。
来るボールに合わせて、楽に打つのです。」と
厳しくもやさしい指導があったほやほやである。

力まないで
私は力んで打つ自分の碁に、テニスやゴルフと同様に違和感を覚えた。
相手に合わせて、もっと軽く、もっと自在に打てないものかなぁ・・・と。


ふと「須相応」という言葉を思い出した。
自分の座右の銘としていたあの、須相応である。

須相応
同時に、須相応とは相手が来たら、
余所見しないで、応じなさい、ぐらいに考えていたのかなぁ。

盤中の石が、アメーバーの如く、素晴らしい筋・形に則って
有機的に自在に反応すべきことが「須相応」ということなのだった・・のか
ということに想定した。


須棄
ついでながら、
須棄という「棄てなさい」というのも、
単に「石を棄てる」や「捨て石」というだけでなく、
力むのを棄てなさいとも読めてきた。
何と、同じことだったのか!