シリア・ヨルダン死海ツアー・レポート

2008・3.26〜4.05
                                       高野圭介






シリア・ヨルダン11日間の紀行画報

構成  高野圭介

写真  松本倶之


紀行文 長 俊次

挿話  前田久子

写真   内川義雄



ペトラ遺跡の不思議

ギリシア語で「必見のもの」といった意味である。
つまり、
本来は「怪しい」「ありえない」といった
意味は含まれていない。

しかし、
英語では「Seven Wonders of the World」
日本語では「世界の七不思議」などと訳された



パルミア遺跡
を擁する
シリアの
昨今は
平和の真っ只中
だけど、

地域的には
周囲は
ドンパチの
ど真ん中

さもあらん!

シリアは
北鮮の
核問題と
無縁では
なさそうだ




地図を広げてみたら、

シリアの東隣りはメソポタミア文明つまりイラク。
西はパレスチナ。

 ヨルダンの真西、死海の対岸にはイスラエル。
また、その南はオイルファンドの
大富豪民族・サウジアラビア。



シルクロードの
最西端

なるが故の、
繁栄と
哀しい結末が

歴史を
編んでいった




BC数千年という古来から、
ヨルダンはシルクロードの最西端
つまり、ペルシャと地中海を結ぶ交通の要所として
そそと、ペトラ遺跡が栄えていた。

シルクロードが、やがて、
シリアのパルミア遺跡取って代わっていった。
それも
ローマの十字軍に滅ぼされ、
その後、再び陽の眼を見ないまま
コンスタンチノーブルに取って代わっていった・・かと、
私は推測している。



危険な
ところ?





 何を好んで、そんな危険なところへ行くのか?

 確かに、シリア北部へは
パレスチナ難民100万人が入っているという情報があった。

 ヨルダンの王宮の警護に、
機関銃を搭載して、構えている護衛が居たし、
アメリカ大使館周辺では写真禁止が伝えられた。

 それかあらぬか、参加者は減りも減って碁吉会から5名、
総勢13名のわずか10日間のツアーだった。


オイルの
恩恵に

大満足の
シリア



これに対し


オイルが
無いから

健気に
生きる
ヨルダン




 この辺りは別府の地獄温泉のように、
足の下にはオイルがジクジクあるのかと思っていたら、

シリアこそオイル・天然ガスの産地。
しかし、ヨルダンはオイルは出ない。

 したがって、ガソリンの価格は

シリアのは\25./gに
対し
ヨルダンは\200/g。

また、シリアは消費税ゼロに対し、
ヨルダンは16%というという裏腹の環境。

因みに
南隣のサウジアラビアでは
独り頭 \9000,000.の反税金。
つまり、支給があって、全員が
今成金のぼんぼん生活・・・と聞いた。



死海の水は
辛く苦く

まさに

死の海!



表札には
ここ死海は
海抜-400メートル
と識されている。




アラビア新聞は見てるだけ・・・

死海で平泳ぎは身体が浮いて、泳げなかったが、
クロールは楽々お手の物だった。

ただ、唇がヒリヒリと腫れ上がって、
苦味が取れるのに半日かかった。

もし、眼に入ったら、
一大事だった。



ペトラ遺跡

直近の
データーに、

世界遺産の
日本での
人気投票が
あった。

何と、
マチュピチュが
不動の一番で
あったが

ペトラ遺跡が
ダントツに
躍り出た
のである。







輪っぱの
布帽子は
生活の
知恵!






松本さんと私は、

かの孫悟空のような
輪っぱの付いた帽子(地元の呼称はイガル)と、
スポッと被る布(地元ではカフィーヤと呼ばれる)を愛用して、
毎日を過ごした。



 被ってみて、
日照りの暑さには涼しく、寒さにも強い。
砂漠が8割を占めるこの地方風土の、
風や砂埃にはめっぽう強いことが分かった。

生活の知恵からの産物であったのだ。





驚異の亜流
メソポタミア文明


今回のツアーは5〜6000年前に栄えた
驚異の亜流メソポタミア文明に、
楽しくも、素敵だったツアーの感激を、