歌集「人工島」の書評



                       
    横井傘二 詠

                                     高野虚石 評


「人工島」に一瞬「人工頭」かと思った。
緻密な人工頭脳的横井さんを知っている私には何のためらいもなかった。

 いつも俳句の会でご一緒していますが、馥郁とした味のある語彙が
毎回のように句に表れる横井さんの格別の蘊蓄。
それがどこから来るものかと少々訝ってはいましたが、人工島という短歌集で初めて謎が解けました。


 そもそも終戦直後、私が中学2年の時、将棋から囲碁の世界を覗いたのが囲碁事始め。
同時に小倉百人一首に首ったけとなり、十八番の歌も出来、
かるた会にもよく参加したもので、それが和歌との接点でした。

 やがて、和歌と短歌の違いが何となく分かるようになり、
俳諧と俳句の違いも肌で分かるようになってきた。
 その頃、短歌と俳句について、短歌は言い尽くすが俳句は省略すると
簡単に割り切り、と同時に俳句と川柳の差も知った。


そのくせ、神戸市のシルバーカレッジ一期生となり、俳句と川柳の二つの会に所属したりして
「何でもしてやろう」を地で行くことにしたものだ。しかし、
短歌だけは遂に触れるチャンスに恵まれなかった。

夏井いつき先生の言葉を借りれば
「短歌は自分の生の思いをそのまま表現する。
俳句は外の情景を言葉に変えるもの。」

私は単純に,「俳句は省略して表現は七割に留めるが、短歌は十割言い尽くす」と思っている。

与謝野晶子の反戦歌「君死にたもうことなかれ」も赤裸々な心の吐露が短歌となったに過ぎないとも。


 横井さんの短歌歴は50年。半世紀になんなんとする。人工島の短歌はなべて
気負わないで淡々と詠まれた句は一千句。包み隠さずすべてを言い切った。
否、暴露的にも言い切ってしまっている。だからこそ読む人の心を打つ傘二節が全篇を覆っている。

思うに、ハイレベルで囲碁で言えば八段格の品格を醸し出している。以て瞑すべし。


哀しいかな。かくの如く短歌の短歌たるを何も知らない者が感動したものを選んでみた。
まさに野暮の書評である。





まずは、傘二さんがやんちゃ坊主であった頃、少年が遊んだ山川から
感受性の強い中学の青春時代が甦って、活き活きと詠まれている。

 これは私の病弱で生気の無い少年期に比べて大きなオドロキであった。

                                  高野圭介


 
遠き日に雌のトンボに糸つけてドッカンヤッホーと回し走りて

121.
 
ザリガニの頭を取りてカエル釣る面白きものよ泥にまみれて

122.
 
ユニホームそんなもの無き小学のわが野球は一番ショートで

123.
 
砂塵なるガリ版刷りの同人誌いずこに消えぬ青春と共に

131.




 酒・女・歌の主題はヨハンシュトラウスのウイーンナワルツを思い出した。

青春に酒・女の登場しない幕は無い。恋こそ青春だからだ。
不思議と歌う歌声は雲隠れしている。

                                  高野圭介

 
恋無くて酒を飲み干す恋有りて酒を飲み干す楽しからずや

43.
 
怖きものエイズなりきと知りたれどペニシリン飲み女買いゆく

110.
 
実物の女に恋が出来ずいて恋に恋する二十歳の我は

141.
 
飲むほどに君はますます輝きていい女になるよ美しくなるよ

155.
 
貴重なる君が青春のひとときを無駄にはするな我を拒めよ

159.

嫌われて我は寂しと思えどもそんなものよと弥勒菩薩は

161.
 
愛すれば愛するほどに罪深き我がこの恋は哀しかりけり

177.




 人を愛し自分を掘り下げ、夢あり涙あり、ひたすら生きざまを追う。
これを哲学というなら、傘二さんは素っ裸の自分を思惟し、
自分の生きざまを考えるロダン:哲人である。

                                  高野圭介

 
人は皆糞の袋と言われても我は思いし夢の袋と

45.
 
卓球で骨折したるわが妻は病院怖しと我を頼みて

59. 
 
ミスのため我に怒りし人の死を心に鎮め夜の星見ゆ

103. 
 
のど深きスピンを取りてページ繰る本というもの美しきかな

104. 
 
金もなく力も無くて愛も無く学も無き我ただ呼吸する

137. 
 
涙とは水に戻すこころかな素直であれよ自分に生きよ

158. 




 私の遊んだ旅は世界の64ケ国、詠んだ俳句は旅日記。

国内も毎年数々ありますが、本年
2017年7月のトライアスロン日和佐大会
10月の竹田の岡城の名月碁会。
そして毎朝早朝の須磨浜ラジオ体操の歌が殊のほか懐かしい。

                                  高野圭介

 
天空に竹田の城の光漏れ見上げし夜に猫が一匹

22.
 
須磨浦の波は静かに輝きてうつらうつらと電車の我は

23.
 
海亀の泪流れし砂浜に波の寄せ来る日和佐の海よ

133.

 


句集、留めの句が心を打った。

人生は何事も終わりは次の始まりで、刻で棒の如く貫くエンドレス。
でも区切りというものがある。本年も第九に感動しながら無事越年したいものだ。

                                  高野圭介

 
君想い我は聴かまし除夜の鐘この一年は素敵だったと

184.